心配無用
2012/01/28 21:24

高校三年生になって、進路のことが忙しくなり、未来のこととか考えないといけないという過酷な時期に、俺は大切なものを一つ無くした。
何処に無くしたのか定かでない。どんなに取り戻そうとしても、それは叶わぬ願いだと言わんばかりに冷たい現実が俺を飲み込む。

『寒くないですか?』
『先輩が大好きなんです』
『一緒に帰りましょう』

などと俺に散々懐いていた後輩が突然他人行儀になった。何故だ。理由はわからない。聞いても奴は答えようともしない。
悲しいな。寂しいな。でも仕方ないのかもしれない。俺も進路進路であいつに構いきれていないところあったし、他に懐く相手でも見つかったのだろう。俺はもう用済みなのか。そう思うと今まであった全てのことが何だったんだろうと、空虚感にさいなまれる。別に、いいんだけどさ。俺、一人でいる方が好きだし。

……ああ、実にくだらないことに時間を費やした。
どうせ、こんなに呆気ない関係ならば、初めからあいつに時間など割いて付き合う必要なんてなかったんだ。もとより無口であまり人と関わることを好いていない俺は、腫れもの扱いを受けるだけの存在だ。なのに、犬のように懐かれたからって、世話をするべきじゃなかった。だって、こんなにも俺は無駄な思い出に今悲しんでいる。その時間がもったいない。

あんなこと、しておいて。

乾いた唇を人差し指でなぞって、俺は苦渋を噛みしめる。まだ思い出せる。あの時のキスされた感覚を。ふざけてやがる。あの馬鹿野郎。やっぱり謝罪をさせるに値する。ついでに2、3発殴ってやる。きっとそれで俺の腹の虫も、この空虚感もさようならだ。忘れてしまえ。覚えていたって何のためにもならない。むしろ、頭のメモリを余分にとって邪魔だ。

「ということで、殴らせてくれ」

俺は放課後、二年生の授業が終わるのを待ち、奴を校門で捕まえ、体育館裏に引っ張り出した。計画通りだ。だが、奴は「先輩、こんな時間まで何されていたんです?」と聞きやがる。まるで俺が無計画な人間のような言い草だ。

「お前を待ち伏せていたんだ」

俺は胸を張って言ってやる。どうだ、驚いたかと鼻で笑ってみるも、瞳をキラキラ光らせて俺の名前を呼んでいた後輩が、今はじっとうつむいて俺を見ないのが悲しい。

「三年生の授業はお昼まででしょう。こんな夕方まで、校門に居たんですか?」

「あったり前だ」

「……そんなに俺に会いたかったんですか?」

驚いたように、俺の顔を見つめる後輩に、俺は勝ち誇ったような態度で「そうだ」と仰け反った。すると後輩はフルフルと震え出す。今さら、俺の恐ろしいまでに計画的な作戦に慄いているのだろう。
そう、ずっと、こういう風景が見たいと思っていた。でも、それを目の前にして俺は思い知ってしまった。空しいだけだった。俺の悲しみを全てぶつけて、こいつも傷つけばいいと思っていた。だが、違った。俺は、俺の悲しみを分かってほしかっただけで、やっぱり元の関係に戻りたかっただけで、こいつが震えるのを見たかったわけじゃない。

どうしよう。どうしよう。でも、俺、気のきいたこと言えないし。



「せ、せせせ、先輩!」

「うわ!」

がばっと両手を広げて、後輩は俺の目のまで飛び跳ねた。突然のことに俺はよけきれずに、抱きしめられてしまった。て、おい。首元に唇当たっている。

「先輩、俺やっぱり、先輩の隣に居たいです」

「は?」

「だって先輩いなくなっちゃうし、先輩離れしとかないと、先輩は俺のことを心配して、進路のこととかおろそかになっちゃうかもって。それに俺、先輩のこと大好きだから、先輩をいつか押し倒しそうで怖いんです」

「今さら、俺離れされても、逆に戸惑う。お前一人構うくらいで、おろそかにしない、進路くらい。それに押し倒すくらいいいじゃないか。(押し倒された時に背中を打ったりで)痛くなければいい」

そういって、俺は大型犬と戯れている自分を想像していた。本当に、この後輩は犬っぽい。人懐っこくて、しかたないんだよな。キスされたことだって、ただのこいつなりのスキンシップみたいなものだったのかもな。ああ、きっとそうだ。

「先輩? たぶん、先輩はちゃんと俺のことわかってないですよ?」

真剣な顔をしてじっと俺の瞳の奥を覗いてくる大型犬……ではなく後輩に俺は首を傾げた。こいつは何を言っているんだ。俺が思っているお前が間違いだとでも言いたいのか?

「そんなわけがあるわずがない!」

「じゃあ、答え合わせしましょうか?」

「え?」

ずいっと勢いよく引き寄せられた腰に俺は恥じらいを持った。いや、なんか手つきが厭らしいというのかなんというのか。あれ?



*****


「先輩、先輩、もっと」

「ちょ…むり、放せ、放して!」

スムーズに体育館倉庫に連れ込まれてしまった馬鹿な俺はそのまま後輩が言いたかった押し倒す方の意味で、泣かされた。
そして一通り終わると奴は急にしおらしい声で「……先輩?」なんて言いやがる。騙されないぞ、この肉食犬。どうしてくれるんだよ、これ。どうしてくれるんだよ、これ。まじでどうしてくれるんだよ、これ。

「もしかして先輩、初めてですか?」

「うっさい、黙れ、近寄んな、はげ!」

「禿げてないですよ。それから、否定しないってことは初めてなんですね。噂で、結構やることやっているとか聞いたことあったんで…そうなのだとばかり」

「しゃべるな、息をするな! 嬉しそうな、顔をするな!」

「嬉しいですよ。俺、先輩がやることやっているって噂を聞いた時、先輩のこと縛りあげようかと思ったんですよ」

爽やかな笑顔でとんでもないことを言う。こいつは誰だ?

「でも、そうと知ったら、俺、優しくします。俺以外の誰かじゃできなくなるくらいに」

「……お前以外と誰がするか、馬鹿!」

「え?」

「あれ?」

「先輩?」

「違う、今のは勢いで言っただけで本心じゃ……」

「素直じゃない口で聞いてもしかたないので、直接先輩の」

「ふざけんな!!」

こうして俺は当初の目的通り、後輩を2、3発殴ることができた。やったね。計画通りだね。ごっそりと大切だったものが俺の中からまた失われたけども。悔しくなかった。悲しくもなかった。
よくわからないけど、俺は……。

「せんぱい?」

「目を閉じろ」

とりあえず、わかるまで、俺は帰らない。あの日、お前にキスされたあの日、混乱して逃げたこと後悔している。あれ以来、よそよそしく他人行儀になったこいつがまた他人行儀になると考えるとそれは寂しいし。それに……

あれ、俺、こいつのこと、好きなの?
そういう、好きなの?





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