きぐるみでぃず
2011/12/25 18:02


とりあえず、金が欲しかった。だから俺はきぐるみの中身になることを決意した。いや、決意しただなんて言い方は格好良過ぎて違う。正しくは、きぐるみの中身になることを仕方なく引き受けた。だって、自給2000円だぜ。普段している品出しの仕事だって、自給800円くらいだって言うのに。ふざけている。たかが、クリスマスだとかいう日のために人はこんなにも馬鹿になるのか。まぁ、金を貰う立場の俺が金を支給する側のことを悪く言うのは駄目だが。それにしてもだと思う。だって、きぐるみを着ていたら、愛想笑いもしなくていいんだぜ。ただ突っ立っているだけで、いいんだぜ。
あんな情けない顔のしたきぐるみの中身になるだなんて俺のプライドが許さないとかも考えたが、実際、きぐるみを着たら、中身が俺であるだなんて誰にもわからない。なら、喜んで着よう。自給2000円。しかも、即日払いだ。


*****

子どもはなんて無邪気で残酷なのだろう。きぐるみの中身になった俺は、ただ愛らしく動くことしかできない。抱きついて離れない子にも困ったが、何よりも殴っては蹴ってくる子に俺は困った。反射的に殴り返してしまいそうになる。
実は俺って結構な、喧嘩っ早いんだ。といっても別に喧嘩が好きなわけじゃない。自己防衛だ。なめられたら、もっともっと酷い仕打ちをしてくるのが人間ってもんだろ。というかこのガキどもはきっと俺が仕返しのできないことを知っていて、殴るのだろう蹴ってくるのだろう。なんて卑怯な奴らだ。まだ小さいが、今のうちに人生の恐ろしさを俺が教えてやろうか。反撃しないと安心して弱いものいじめをすることがどれほど馬鹿なことか、その身に知るがいい!
そうさ、だから、つい、俺は手が足が出そうになる。

「にゃこみみ、にゃこみみだ」

戦闘態勢に入った俺に本当に無垢な声が飛んできた。にゃこみみ、と言うのは俺が着ているきぐるみのキャラの名前だ。ぶっさいくな顔でどんくさい癖に一生懸命な猫の。

「すごい初めて見た」

俺も、すごい初めて見た。きぐるみを着た俺をキラキラとした瞳で見つめているのは、俺を殴る蹴るとしていたガキどもよりもずっと年上で、しかも俺と同級生の奴だ。お前、やめてくれよな。普段の澄ました顔を何処にやったんだ。やばいだろ、まじで、俺が、にゃこみみだと信じているのか?

俺は俺の目の前で幸せそうに瞳を輝かせる17歳の扱いに困った。正直、殴る蹴るしてくるガキの方が面倒臭くない。だってそうだろう。奴らはとっくに俺のことなんとも思っていない。でもそんな真っ直ぐな瞳で見られたら……

しかしガキどもは本当に容赦がない。最近のガキはなんて冷徹なんだ。いや、俺がガキの頃もこんなんだった気もするが。

「兄ちゃん、何言っているの。こいつは、にゃこみみ、じゃねぇよ」とガキその1は生意気な口を開く。
「そうだぜ、中にはおじさんが入っているんだぞ」ガキその2は馬鹿にしたような顔で言う。

「にゃこみみの中に人なんていません!」

成績学年トップの17歳は高らかに言う。普段の澄ました顔は何処にやったの、お前。ガキどもだってポカーンとしているじゃないか。というか、この状況はまずいな。傍目には、高校生がガキどもを苛めているように見えるだろうな。
…………っ

「にゃこみみ?」

休憩時間に入ったのを確認すると俺は馬鹿の手を引いてガキどもから逃げた。逃げるなんて情けないが、しかたない。
人通りのない裏口までくると俺は同級生に『何を馬鹿なことしてんだよ』と言おうとした。なのに奴は屈託のない眼差しで俺を見るから、どうしたらいいのかわからなかった。こんなにも誰かに純粋な目を向けてもらったことなんてない。まぁ、俺の外見が怖いのと喧嘩っ早いのがいけなんだが。

「にゃこみみの中におじさんがいるって本当?」

は? こいつ何言い出すんだ。俺は焦って首を横に振ってしまった。すると奴はホッとしたような顔をする。可愛いかもしれない。一度も染めたことのない綺麗な黒髪に、勉強ばかりで日焼け知らずの肌。汚れとは関係ないところで育ったのだろうか、澄みきった瞳も。愛おしいと感じてしまった。何これ。
俺は恋愛をしたことなんて生まれてこのかたない。女なんて馬鹿だし、男なんてまず恋愛対象ですらないし。なのに、この優等生が。

「あの、俺、ずっと、にゃこみみに元気をもらっていたんだ。俺さ、本当はとてもどんくさくて、努力しないと何もできない。でも努力したら頑張ったら、いいことあるって、にゃこみみが俺に教えてくれたから、今の俺がいるんだ」

一生懸命話し出した優等生に俺は適当にパフォーマンスをして答える。ずっと澄ましているだけの秀才だと思っていた奴の素顔が、人見知りの無垢な努力家だとは知らなかった。人ってやっぱり上辺だけで判断したらいけないよな。

「だから、にゃこみみ、ありがとう。こ、これ、これしか、今持っていないけど、よかったら貰って欲しい」

そう言って優等生は定期入れから定期券を抜くと俺ではなくにゃこみみに手渡した。そして、お仕事頑張ってねだなんて言い残して去って行きやがった。言われなくても頑張るし。とりあえず、俺は金が欲しんだ。


*****

「おい」

冬休み明け。俺は優等生に話しかける。奴はビクッと肩をふるわせつつ、あの時と同じ無垢な瞳で俺を見つめる。表情は相変わらず固いが、これは単なる奴の人見知りなんだろうな。にゃこみみじゃなくなった俺。だけど、俺はこの俺のままでこいつのあの笑顔が見たいと思った。馬鹿だろう。馬鹿だと言ってくれ。

「にゃこみみがコレをお前に返したいって」

「……あ、迷惑だったのかな」

「いや、にゃこみみ、電車とか乗らないから、お前が持っておいた方がいいってさ。それに人間の使っているものの使い方がわからないらしい」





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