クリストファー・ウェザーフィールド。
17字。必死で小さく詰めて書いたんだから。
「あ、」
眺めていた長く綺麗なブロンドの後ろ姿が、ふいに振り向いた。
椅子に座ったまま上半身だけでわたしの方を見るクリスくんと、目が合う。
なんで急に振り向くかな。見つめてるのばれた?
焦るわたしの気なんか知りもせずに、クリスくんは
「消しゴム忘れてもうた〜、貸して?」
と眉を下げた。
なんだ、そんな事かと一抹の虚しさを感じながらぼんやり返答して、ふとまずい事が思い当たった。
買ったばかりの消しゴムを咄嗟に手のひらに隠す。
「ご、ごめん。持ってない」
ちょっと大きめのそれは手の中にうまく収まらなくて、指の隙間から真っ白な角っこが顔を出した。
当然、誤魔化すには無理があって、クリスくんは目をぱちくりさせている。
「なんで隠してるん……?ボクに貸したくないん?」
「そういうわけじゃ、っていうか、そうだけど……」
「なんで?」
「……だ、だって」
そんな悲しそうな顔されたって、理由なんて言えるはずもない。
この表情に弱いの、もしかして知られてる?
端正な顔に見つめられて、わたしはつい、半ば自棄気味に
「クリスくんの名前が長いから!」と叫んだ。
声が大きくなってしまった、って自覚したより大声だったみたい。
ぽかんとしているクリスくん、の向こうに、静かに立っている先生。
しまった、と思ったけどもう遅い。
しっかり叱られて、おまけに教室中の笑いの的。
もう恥ずかしい! わたし今日は厄日なのかもしれない。
「なあなあ、ボクの名前がどないしたん?」
遠慮がちに振り返って聞いてくるクリスくんを、
「もう、先生見てるよ?」
って注意してから、掌を開いてみる。
(フルネームがそんなに長くなかったら、スリーブで隠れたのに)
長すぎてはみ出たピンクの文字が見え隠れする消しゴムなんて、貸せるわけないじゃない。誰にも見られずに使い切ったら、なんておまじないを信じてるわけじゃないけれど。
心の中で独り言ちながら、わたしは、ノートの隅にいくつも書いた無駄な落書きを、力いっぱい消し始めた。
END
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消しゴムに好きな人と自分のフルネーム書いて…ってやつです。古い?
20120204