窓を開けた途端、雪崩れ込むように雨音が強く聞こえてくる。湿った空気と、濡れたアスファルトの匂い。
 クリスはしばらく、その白くぼけた水溜まりの世界を眺めていた。昇降口にぼんやりと目を遣り、無意識に1人の少女を探す。
 やがてそんな自分に気付き、クリスは苦笑した。ここからでは、広く鮮やかに咲いた、カラフルな傘たちしか見えない。
 視線を上げると、濃いグレーが空を覆っている。何を描いても塗り潰されそうやんな、とクリスは考えた。
「空はゴキゲンナナメさんや…。」
 そしてクリスもまた、空と同じ思いだった。
ポタポタと雫を落とす若葉が、物悲しく見える。せめて、鞄の中に折り畳み傘の一つでも入っていれば、憂鬱さは今の半分だったかもしれない。
 クリスはそう思うが、今の彼にはもはや関係のないことだった。
「後悔先に歩かず……座らず? えっと……」
「立たず、でしょ?」

 不意に聞こえたその笑い声は、大きな雨だれに混じりながらも、はっきりとクリスの耳に届いた。いつも彼女の声を追っている特権かも知れない。そんなことを、意味もなく誇らしく思いながら振り向くと、探し求めていた姿があった。
 彼女が微笑む。室内の湿気が10%ほど下がった。クリスにしかわからない変化だ。

「クリスくん、まだ帰らないの?」
「んー…帰りたいねんけど……ボク今日傘持ってへんやんか。」
「あ、じゃあ、駅まででいいなら入れてあげるよ。」
 彼女が手に持った水色の傘を持ち上げて言う。晴れた青空のようなその色が、クリスの気分を一層晴れやかにさせた。
「ほんまに? めっちゃうれしい! ありがとう。」
 雨で良かった、傘を忘れて良かった。
 もう一度見上げた灰色の空を、クリスはピンクのハートマークで塗り潰すのだった。


* * * *


「ごめんね、傘小さくて。」
 傘を広げながら、彼女が肩を並ばせる。背の高い自分に合わせて腕を持ち上げる仕草が可愛いとクリスは思う。
「それじゃ腕疲れてまうやろ? 傘、ボクに持たせてや。」
 クリスが笑うと、彼女はありがとう。と言って照れたように笑い返した。

 地面を叩く雨脚は強くなっている。会話が途切れると、聞こえるのは雨の音のみ。滝の真ん中に入ったような、圧倒的な音だ。何や、心細なるなぁ、とクリスは思う。

「もうちょっと近付いても、平気?」
 ふいに言われた言葉にドキリと心臓が強張って、咄嗟に返せずに、彼女を見つめる。
 え?とも言えず、ぴったんこしたいん?などとも言えず、のろのろと瞬きを3度、してから、その肩が微かに濡れていることに、ようやく気付いた。
「あっ! ゴメンな!?」
 慌てて傘を彼女の方に傾けると、勢い余って今度はクリスの肩が豪雨に晒される。
「いやいやいや! それじゃクリスくんがびしょ濡れになっちゃうでしょ!」
 苦笑した彼女が、クリスの手ごと傘を押し戻す。二人のちょうど真ん中辺りに浮かばせて、肩を寄せた格好は、恋人同士のよう。
 あまりの近さに、触れた肩から心臓の鼓動が伝わるのではないかという心配を、クリスはしなければならなかった。

「こうやって、ぴったんこ、すれば大丈夫でしょ?」
 そんなふうに悪戯っぽく笑う彼女へ、平静を装う事に手一杯で、どんな返事を返したかクリスにはもはやわからない。
 赤く染まった顔を悟られないよう、彼女の方は見られなかった。
 だから最後まで、彼女の頬が同じように真っ赤だったことに、クリスが気付くことはない。そして彼女がクリス以上に、この雨に、そして一本きりの傘に感謝していることは、知る由もないのだ。





fin.

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ビバ両片思い
雨モチーフ大好きです。
20131011
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