もうすぐ日没だね。
 窓の外を見ながら、わたしは彼に話しかけた。つもりになった。
 声を出すタイミングを図るのは、なかなか難しいものだと近ごろ思う。
 返ってくる返事を予想したり、印象や雰囲気までを熟考しないと話すことができない。
 結果的にタイミングを逃してしまうのだから、臆病なのは自覚済み。

 もうすぐ日没だね、もうすぐ……
 脳内練習しつつ顔を上げたら、やや薄暗くなった廊下で彼の金髪が紅く染まっている。

「日没、だね」
 言えた。
「うん、せやな、でも最近暗くなるの遅くなったよなぁ」
 わたしを見てにっこり、日溜まりのように笑うと、また前を向いた。
 まるで、暖かな陽が消えて夜の闇が来たようだ。
 ぼんやり思いついたその例えに、何故か心臓が押さえられたように苦しくなった。
 目が涙の膜で覆われて、瞬きなんてせずとも零れ落ちていく。

 嗚咽なんか漏らしたくない。振り向かないで。広い背中に希うも、願い虚しく彼が図ったように振り向いてしまった。
 明るい色の瞳が見開かれる。

「え……えっ? どないしたん!?」
「……」
 黄昏時って感傷的になるのかな、と、あはは、と笑おうとしたけれど、うまく出来なかった。
 どうしようもなくて思わずその場にしゃがみ込むと、ぱさりと髪がカーテンみたいに降りて、泣き顔を隠してくれた。

 誤魔化せるうちに、言い訳すればよかった。馬鹿みたいだ。突発反省会開催。
 困らせちゃってるんだろうな、と蹲ったまま考える。感情が昂って泣いているはずなのに、思考は落ち着いていた。それが少し可笑しかった。

「ボク何かヘンなこと言ってもうたんかな? それとも、どっか痛いん?」
 すぐ近くから聞こえる声に、
(私に合わせて屈んでくれたんだ)
 その気遣いを嬉しく思うも、うまく答えられず、無言でただ首を振る。

「なんや、悲しくなってもうたん?」
 よしよし、優しい声と共に彼が子供のようにわたしを撫でる。
「ダイジョーブやで。なーんも心配いらんて。な? 悲しいのとんでけー」
 宥めるような言葉も笑顔も、何もかもが優しくて、止まりかけていた涙がBダッシュで戻ってきたように溢れ出す。
 わたしは「ごめん」と、泣きじゃっくりに遮られながら、上手く言えるまで何度も繰り返した。


 困らせるたび、彼の優しさに甘えるたび、彼がどこか遠くなる。優しさを消費して消えてなくなってしまいそうな、そんな錯覚を覚えるのだ。
 好きになるほど、失う怖さに怯える。なんて、ラブソングで使い古されたフレーズだから、恋とは大概そんなものなのだろう。
 雫を纏った苺のようなイメージは幻想で、高く不安定な場所に置かれたちいさな飴細工がわたしの恋だった。


「落ち着いた?」
 飽きず呆れず待ってくれていたクリスくんが、控えめに言った。
「うん、急にごめんね」
「ええねん、ええねん。悲しい時は涙といっしょに流してまうのがイチバンやで」
「ふふ、そうだね」
 クリスくんにつられて私も曖昧に笑う。出来るなら不安も一緒に。だけどこの恋は流したくなかった。

「で、なんか悩んでるんやったら聞くで。ボクで良かったら何でも話してぇな?」
「クリスくん」

 例えばもし今わたしが想いを告げたら、クリスくんは笑って“ありがとう”と言う。それ以上は踏み込めないんだろう。
 こんなに優しいのに、傍にいるのに。わたしはこの人が闇に溶けていくのを留められない。きっといつかどこかに行ってしまうのだ。

「ほんなら、おてて繋いで帰ろ!」
 そう言ってなんてこともなく彼が繋いだ手を、臆病なわたしは握り返すことが出来なかった。





END

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友好状態?
漠然とした不安みたいなものを書くのが好きです
クリスはチラチラ暗いことを言いながらもギリギリまで核心には触れさせてくれないので...
20120430
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