ごめん、と泣いた彼女を思い出す。
ほんの数分前のことなのに、意識がトリップしたように遠く感じる。
期待していなかったと言えば嘘。想いは通じあっていると思っていた。ごめんなさい、と言われたとき、大きなショックを受けたというのも本音。
それでも、彼女に言った言葉もまた確かな本音だった。言い訳なんかじゃなかった。
彼女との思い出が3年間きりのものでも、それはこの先の未来に必要不可欠な、宝物なのだ。
二人、会えたことが運命だったのだと、クリスは胸を張って言う自信がある。
(あの子は、ボクが幸せになる魔法をぎょうさんかけてくれた、魔法使いサンやったんや)
最後の笑顔を思い出す。笑顔も泣き顔も怒った顔も、すべての記憶を辿っていく。彼女がいたから、この世界は一層キラキラと輝いていた。
「……困らせるつもりは、なかってんけどなぁ……」
独り呟く声が、波音に優しく溶けていく。
愛を告げることで彼女の笑顔を曇らせるなら、そんな行為には何の意味もない、とクリスは常々思っていた。
笑っていてくれるなら、彼女が彼女らしく輝いていてくれるなら、自分のものになんかならなくても良かった。
しかしそう思うことと、彼女が隣にいない現実を悲しむことは切り離せない裏表で繋がっているのだから、人間はままならないものだとクリスは溜め息を吐いた。
「何で最後まで、こんなんなんやろなぁ」
口に出してみると、少し笑えた。彼女に恋をしてからは、本当に上手くいかないことばかりだ。
いつも明明後日を向いたような的外れなことばかりを言う彼女とは、頭でシミュレートしたような会話なんて出来るはずもなくて落ち込み、
帰り道では毎回のように電話が鳴り、慌てたように切る仕草にも、クリスはたまらなく不安にさせられた。
ただ不器用なだけなのだ。悪い誤解をされやすいだけな、本当は誰より純粋で優しい人なのだ。
あばたも笑窪、なんかではなくて、それがわかるのはずっと一緒にいた自分の特権だと、クリスは信じている。
温い風が吹いて、クリスの長い髪を通り抜けていった。夕陽が眩しい。あまりに光が強くて、目の奥が痛くなる。
(アカン……涙出そう……)
クリスは踵を返す。
「クリスくん……!」
海を出ようとしたとき、呼ばれて振り向いた先には、別れたばかりの彼女。やや息が乱れているようだった。
肩にかけていた鞄がどさりと砂に落ち、彼女の瞳からほろほろと雫が溢れ出す。
えっ、どないしたん、と言う前に正面から体当たりするように抱きつかれて、クリスは彼女ごと砂浜に転倒した。
「うわあ!」
じゃり、と背中で砂が鳴く。肘だけで上半身を起こすと、クリスの胸に俯せた彼女の、震える肩が見えた。
「ど、どないしたん?一体……」
今度は言えた。クリスは彼女の返事を待つ。と、
いかないで。
波音に掻き消されそうな儚い声が耳に届いた。
「へ、どこに……?」
イギリスに?
きっと今自分の頭上ではクエスチョンマークがダンスしているのだろうなと、クリスはおどけて考えてみたりもした。混乱しているのだ。
「ごめん、行かないで、お願い、傍にいて」
「えっと……」
えっと、えっと。クリスには今の心境に適切な日本語を探すことが出来なかった。
(ボクは、さっきフラれたんやなかったっけ?)
相変わらず、彼女がわからない。クリスは困り果てた。
「ゴメンな、聞いてもええかな。……今、どういう状況なん?」
「あの、わたし、勝手だってわかってるんだけど、クリスくんが、」
顔を上げた彼女と目が合う。真っ直ぐで、拙くて、純粋なこの少女を、愛しているのだと実感する。
「クリスくんが、やっぱり好きで……」
クリスは、肘を離した代わりに背中を地面につけ、空を仰ぎ見ながら彼女を抱きしめる。
眩しい。涙が出そうだった。
「ごめんね、わたし、こんなんで」
「うん」
一世一代の告白、それも2回も告げた想いを断った彼女が、今どうして腕の中にいるのか、クリスには全くわからない。
わからないけれど、ただこの不器用な少女を、ずっと守りたいと思う。
変わり者な彼女に振り回されてばかりの、波瀾万丈な人生がきっと、自分に似合っているのだ。二人の出会いがたしかな運命だったことを、クリスは今確信した。
「なんや、ハチャメチャやんな、ボクら……」
「ふふっ」
彼女が笑う。
「でも、しゃーわせ!」
クリスも笑う。
波が祝福するように歌っていた。
END
****
クリスの告白を断ったあとの後悔で書き散らしました...
君に幸あれ!
20120321