(主人公サイド)





 嘘ついてごめんね。



 彼に予定が入って行けなくなった、と言った。それはわたしが昨夜考えた嘘。
 それを言ったら、本当はそもそも花火大会に誘ってすらいない。流れで嘘に嘘を重ねてしまった。

「花火見たかったし……浴衣とかせっかく買ったし……」

 自分で言った言葉を思い出すと、すべてが嘘で塗り固められているようだった。
 花火なんてテレビ中継でもいい。この浴衣はそのためだけにお小遣いをはたいて買った。
 ショーウインドウに映る浴衣姿のわたしは、情けない顔をしていた。これが恋する女の子の、好きな人とデートする前の顔だなんて。

 手に持った携帯に視線を落とす。たった今“彼”から来た『暇だからどこか行かないか』という内容のメールに、自分の嘘を思い出して気が重くなる。
 『ごめんね、今日はちょっと予定があるの』と打ち込んだ画面から、紙飛行機が飛んでいった。

「あ、こっちこっち〜」
 突然の声に辺りを見回すと、背の高いクリスくんが手を振っていた。何となく気まずく携帯を仕舞う。
 クリスくんの浴衣は緑色だった。お揃いだ、偶然だね、だなんて言うにはちょっと後ろ暗いところがありすぎる。

「お待たせ、浴衣、どうかな?」
「めっちゃ似合おうてる。カワイイ! 花火よりキミを見てまいそうや〜」
 明るく笑うこの顔がわたしは好き。だけど、あまりに軽い口調に、ちょっと落胆する。優しくて女の子と仲がいいクリスくんは、きっとみんなにこうして笑顔を見せるのだと思う。

「クリスくんは女の子の扱いが上手いね」
「あ、信じてへんの? お世辞やないで?」
 ちょっと不満げな顔をした。ごめんね、とわたしは心で謝る。
 嘘だなんて思ってはいない。でも。
 彼女でもないのにジェラシーなんて。自嘲する気持ちを隠し、ありがとね、とだけ何とか口にした。



 真っ暗な空に、光が散る。綺麗だ。隣にクリスくんがいてくれて良かった。
 嘘をついて良かった、なんて思ってしまう狡いわたしを、クリスくんは軽蔑するだろうか。
 好きな人がいるの、友達でいてほしい、これが嘘だったと今言えれば良いのに。

「親友……」
 無意識に呟いてしまった単語、花火の音に掻き消されるかと期待したが、無理だったようだ。
「び……っくりした〜。なになに? 親友?」
 と、クリスくんが振り向いた。驚いてる。変に思われたかも知れない。また嘘をついてしまいそうだ。

「わたしとクリスくんは、親友、だよね?」
 言い終わるか終わらないかという速さで、クリスくんは肯定した。当たり前。その立場はわたしが選んだのだから。
「ボクら仲良しさんやもんな!」
 追い討ちをかけるような言葉に、思わず唇を噛む。

『やっぱり親友じゃ嫌』

 同じ言葉を何度も頭の中で繰り返してみた。
 自分から親友の立場を選んでおいてそんなこと言うのは勝手だ。でも自分が傷つかない為に嘘をつき続ける方がもっと勝手だ。
 言いたい言いたくない、ぐるぐると目眩がするような錯覚に酔いそうだった。

 その時、不意にひゅるる、と音が鳴り、花火が上がる。開いたのはハートの光。
 弾けてハート型になって、最後には消えていく光に、自分の思いを重ねたりして、ちょっとおかしくなった。

「可愛いね、ハート花火」
「うん。カレと一緒に見られたら、もっと良かったのにな」
「ううん、いい、クリスくんとで。楽しかったよ」
 ごめんね。優しいあなたを騙して。言えないことが増えていく。
 見上げた星が滲んでいた。


+  +  +  +


「好きだってわかってもらうには、告白するしかないのかな?」
 彼の相談という題目で、わたしはいつものように悩みを打ち明ける。せやなぁ、とクリスくんは答えた。
「そう、だよね。でも、今の関係壊すの怖いんだ」
「うん、それは、わかるで」
「だって、今は、親友なんだもん」

 言ってから、あれ? と一瞬思考が停止した。親友? これさっき言った。クリスくんを親友だと言った。
 しまった! わたしは思わず歩くのを止める。どうしよう、今のでバレただろうかとクリスくんの顔色を伺う。
 気付かないでお願い、気付かないで。心で叫びながら、また嘘をついていた。
 本当は、気付いて欲しかった。

「あ、親友ってほどじゃないかもしれないけど、最近やっと仲良くなれたの。遊びに誘ってくれたりして、お昼休みとかもご飯一緒に食べたりするし、休みの日に電話くれたり」
 動悸がする胸をさりげなく押さえながら、嘘つくとき人ってお喋りになるよなぁ、なんて他人事みたいに考えた。

「そうなんや。やったな、大進歩やん」
 クリスくんは自分のことみたいに嬉しそうに笑う。
 ああよかった、とわたしは胸を撫で下ろす。一抹の寂しさと罪悪感を感じなかったことにして、また自分の気持ちに嘘をついた。


+  +  +  +


 帰りの電車で窓に映るわたしは、行きと同じく情けない顔をしている。
 友達や好きな人を欺き続ける自分が、1日毎に嫌いになる。抜け出せない毎日が積み重なっていったら、あと一年もたたずに卒業だ。それまでに正直になろう。

 そう思いながら、今だけはごめんねと謝る。
着信していた彼からの『来週出掛けよう』というメールに了解の返事を送り、零れた涙を袖で拭った。





end.
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どうしようもない主人公
20120225
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