2019 Happy Birthday
『赤い糸の代わりに、その手を繋ぎましょう』


「欲しいモノ、ですか」

炬燵に潜り込むようにして背中を丸めてちゃぶ台に顎を乗せていた喜助の向かいに座った彼女が、こくりと小さく頷いた。

曰く、誕生日だから、と。

「そりゃモチロン、」

「‘私’以外で」

決まりきった答えを返そうとした言葉を遮られ、さてどう答えたものかと喜助はしばし口を閉ざす。

愛しい人が絡んでいれば、正直どんなものでも構わない

特別に何か欲しい代物などない━━喜助が欲しがるような代物はそもそも存在しない為、大抵自身の手で創り出す羽目になる━━し、いちいち風華の手を煩わせる必要もない。彼女が得意な料理を振る舞ってくれれば十分なのだ。

「・・・うーん。特には」

「何にもないんですか?本当に?」

「ボクは、風華サンが用意してくれたモノなら何でも。手作りのケーキでも、お鍋でも」

━━━そう言えば、先日食べた魚の煮付けが美味しかったなぁ。ハーブと白ワインの香りが効いてる洋風の味付けで。なんていう料理だったかなァ。

ぼんやりとクリスマスの夜を思い返しながら、思ったままの事実を口にしてみたが、彼女はまたしても食い下がる。

「そんなの、いつも作ってるじゃない」

「特別なことなんて要らないんスよ。ボクにとっては、ただ、‘アナタがボクの為に用意してくれた’っていう時間と証拠があればそれで」

眉尻を下げている風華に、彼もまた、同じように眉尻を下げて返すしかなかった。
これ以上は説明しようもない。

「そういう風華だって、いーっつも同じような返事だよ?ボクが呉れるモノなら何でもいい、一緒に過ごしてくれるだけで十分だって」

女性ならもっと欲しいものがありそうなものなのに、彼女は宝飾品にしろ、嗜好品にしろ、喜助に強請ることがない。

「それはそうだけど・・・」

「でしょう?アタシ達、似た者夫婦なんスよ」

「だから、お相子ってことで」と喜助が締め括ると、ようやく彼女は柔らかい表情で、「そうね」と頷いてくれた。

「じゃあ手袋にするわ。今使ってるの、だいぶ草臥れていたでしょう?」

━━━ああ、そうだ。アクアパッツァと呼んでいたっけ。
話はそれで終わりだと判断した瞬間、料理名を思い出して思考回路の靄が晴れたばかりの喜助だったが、どうやらまだ話は終わっていなかったらしい。しかも手袋とは。

「え?今から編むの?」

数年前にもらった手編みのマフラーを思い返しつつ、目を丸くした喜助の前で、彼女は緩やかな髪を左右にゆらゆらと散らした。

「まさか。今から買いに行くのよ。一緒に見に行きましょう?」

「今からっスか?そんなにすぐ見付かりますかねぇ」

炬燵からさっさと立ち上がった妻に続いて、もそりもそりと這い出るようにして立ち上がった喜助を見上げた風華は「実はもう商店街でよさそうなのを見繕ってあるの」と口角を楽しげに吊り上げてみせた。

曰く、何も要らないと言われたときの為の保険、だそうだ。

「それって結構伸縮性あります?」

「伸縮性?どうだったかしら」

彼女は首を傾げつつ、視線をこちらに向ける。
どうしてそんなこと訊くの?と。

「ボクだけじゃなくて、風華も使えるかなァと思ってね」

「いくらなんでも、私には大きいと思うわ」

わざわざ夫と併用せずとも、彼女自身のものがあるのだからと、苦笑する風華にゆるりと頭を振る。

「そうじゃなくて、」

薬指に光るそれが嵌められた華奢な白い手に、自身の節くれだった一回り大きな手を重ねる。

「冬にボクと二人で出掛けるときにさ、ボクとアナタで片方ずつ手袋を嵌めて、もう片方の手はこうして、手を繋いで歩きたいんだ」

驚いたように見上げてくる彼女の視線から顔を背ける。帽子を目深に被っていようが、立ち上がった今の状態では彼女からはよく見えてしまっていることだろう。
柄にもないような願い事のせいで、朱が差してしまった目元などは。

「なァーんて、こんなオジサンに云われても困るっスよねぇ」

呆然と立ち尽くしてしまった風華の反応に、居たたまれずに茶化すような言葉と共に、喜助はぱっと手を離した。
しかし、すぐに、その手が繋ぎ直される。先程は重ねただけだった掌が、今度は指を絡めるようにして。

「そんなことで良ければ、いつでも」

頬を綻ばせかけた風華は、しかしすぐに首を振って「ううん、違うわね」と呟く。

「私も、こうしていたいから。だから、私からもお願いするわ」

「一緒に選びに出掛けて、これから一緒に出掛けるときは、こうして手を繋いでいましょう。貴方と少しでも繋がっていられるように」

それが、私からのプレゼントで構わないかしら?と今度こそ彼女は頬を染めて破顔した。
春風に舞う花のように、鮮やかに綻ばせて。

━━━アナタのその笑顔が、何よりのプレゼントだ。

その言葉は、帰りに取っておこう。
ひとつの手袋を分けて、互いに手を繋いで帰路につく、そのときまで。


happy birthday darling !!
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(なあ、まだあの二人コタツ占領してんのかよ)
(喜助さんと風華さんの、邪魔しちゃ、だめ…)
(いつまで経っても変わらんな、あの二人は。特に喜助の腑抜け加減が)
(そう仰いますな。それだけお互いを想いあっておられる証拠ですぞ)
(そうは言うがのう…)
(いつまでも、仲良しで、素敵だと思います…)
(風華姉はいいとしても、店長は鬱陶しくねぇ?)
(これ、ジン太殿)
(どれ、儂がひとつ灸を据えてきてやろう)
(よっしゃー!オレも行くぜ!)
(だめだよ、ジン太くん!)
(いけませぬ!夜一殿!)

一悶着あるまであと数秒。



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