蜜月の語らい

「絶対に一人で来てくださいね」

彼女のそんな言葉に従って訪れたのは先月建てられたばかりのウィークリーマンション。
どうやらここの最上階、しかも角部屋を借りているらしい。
下から見上げると最上階は見えないほどの高層マンションだ。
喜助はぼんやりと見上げていた視線を戻してエレベーターホールへ向かう。いつもの下駄、ではなく、焦げ茶色の革靴の音が大理石のホールに谺する。
服装も愛する妻の要望によるものだ。何をするつもりかは分からないが、ほんのりと頬を染めていた彼女の様子を思い返すだけで楽しい。

静かに上昇を続けるエレベーターの中で、くつくつと笑いを堪えていたところで、チン、と音がして扉が開く。
最上階に着いたらしい。

一番奥の部屋で、しばらく考えてから、一度だけチャイムを鳴らす。一分ほど待ってみたが、中から開けられる様子はない。仕方なく預かっていた合鍵を差し込む。

「風華ー?来ましたよ〜?」

部屋の中は何故か照明は殆ど着いておらず、薄暗いままだった。喜助は訝しげに首を捻りながら、とりあえず玄関の鍵を後ろ手に閉めた。彼女と呑もうと思って買ってきたワインの袋が、静かな部屋の中でがさがさと大袈裟な音を立てた。

「お帰りなさい、喜助さん」

玄関の右側。
台所らしきところから、彼女の声が聴こえた。

「お風呂にしますか、ご飯にしますか。それとも、」

薄暗い部屋の中で、彼女はゆるゆるとその体を晒した。
生まれたままの柔らかな白い肢体に、淡い桃色のエプロンを一枚だけ垂らしたその姿。
そんな馬鹿な。夢でも見ているのだろうか。そうに違いない、だって彼女がこんな大それたことをーーーーー
けれど何度目を瞑っても、彼女の姿は消えない。

「・・・それとも、私?」

ごとん、ごろごろ・・・

提げていた酒瓶が床に転がった。
それを拾い上げるとか、そんな当たり前のことにさえ思考が及ばないまま、喜助は呆然と立ち尽くしていた。


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