十二季生誕歌
*師走『雪中花』*

雪が降る。
しんしんと、降り積もる。
音もなく、ひっそりと降り積もる。
世界のすべてを閉ざすように。
命の終わりを告げるように、世界は無彩色へと声を枯らして沈んでいく。


「ーーーーー冷えますよ」

夜も開けきらぬ早朝に、羽織一枚で庭先にしゃがみこんだ華奢な背中へ声を掛けた。

「喜助さん、」

起こしちゃいました?とその姿勢のまま振り返った風華の側へと赴く。今年は秋の中盤から駆け足に冬を迎えたせいか、初雪も早く、その後も何度かこうして降っていた。いつからここに居たのか、周りの土と同様にうっすらと雪化粧をした下駄のそれを払い除けて脚をすべらせれば、当然ながら冷たい。まだ暗い早朝に、冷え性の彼女が佇むにはあまりにも冷え込み過ぎていた。

「さむ・・・っ!何してるんスか、こんな寒い中で」

風華の手元を覗き込むと、彼女の掌は小さな白い水仙を囲っていた。それは大きく蕾を膨らませ、もう数日で咲きそうなものだった。

「水仙・・・?」

彼女は喜助の言葉にこくりと頷くと、雪の中に埋もれていたから気になって、と微笑んでみせた。
それでわざわざこんな早朝の雪の中、庭先に出ていたのか。
喜助は嘆息すると、彼女が囲うその白い水仙の周りに雪の土手を作る。

「・・・まるでアナタみたいだ」

花を愛する風華の気持ちは分からないでもない。けれどこれでは彼女の手が霜焼けしてしまう。
だからだろうか、つい植物に当たってしまうようなことを口走ってしまったのは。

「敢えて自分からこんな状況に飛び込んで。・・・他に選択肢もあったのに」

耐えて耐えて、耐え忍んで。
その先に得るものなんて何もないのにーーーー
ひたりとこちらを見つめる琥珀の眼に気付いてはっと振り返る。

「ごめん、そんなつもりじゃ、」

彼女は好き好んで追われる身になった訳ではない。そう仕向けた己が一体何を言っているのか。

「ーーーねぇ、喜助さん」

彼女は雪の重みで首をもたげたその蕾に添え木をし、喜助が作った土手を丸く固めていく。

「もし私がこの花だとすれば、貴方はこのかまくらであり、この木の枝なのよ」

冷えきって赤く悴んだ指先が触れてくる。じわりと伝わった熱に思わず引いてしまいそうになった手を辛うじてその場に留めた。

「どんなものからも護り側に居てくれる貴方がいるから。だから、私も歩いていけるの」

ただ静かに寄り添って耐え忍ぶ彼女は、本当に強い。
厳しい冬の中でさえ、その先にあるものを信じて待ち続けている。そして、いつか、新しい季節の到来を告げるのだ。
季節の巡りを、未来を、行く先の希望を教えてくれるのは、いつだって、彼女だった。

「ーーーーー有り難う・・・有り難う、風華。それから、おめでとう」

その日、一番に贈るべきだった言葉を漸く喜助は口にした。

「アナタが生まれてきてくれたことが、ボクにとっての一番の幸せだ」

彼女の手を引いて立ち上がる。
冬の、遅い朝陽が登り始め、東の空がゆっくりと白んでゆく。
彼女は「そんなこと、」と左右に首を振った。
陽光を背にした風華の髪が、柔らかな光を纏う。

「お礼を言うのは私の方だわ」

明けたばかりの眩いそれに眼を細める。
白い結晶が陽の光で金や銀を含んだ複雑な七色の輝きを振り撒く。

「有り難う、喜助さん」

逆光で彼女の表情がよく見えないままに抱き寄せられた。
けれど、綺麗な、とても綺麗な笑顔を浮かべていると、分かっていた。

「私を見付けてくれて。同じときに生まれてきてくれて。同じ時を、生きていてくれて」

彼の背中に回った女の細腕には、強く、とても強く力が込められていた。


雪が降る。
しんしんと、降り積もる。
音もなく、ひっそりと降り積もる。
けれど世界は閉じられない。
命の始まりを告げるように、世界は有彩色になる為の産声を挙げたばかりなのだから。

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雪中花
気高さ、神秘
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