火傷

繁華街に立ち並ぶ雑居ビルの一角。
艶やかなネオン達が客の目を引こうと、ぎらぎらと色とりどりの蛍光色でアピールしている。
その中ではまだ控えめな橙色の看板のビルの中へ二人で立ち入る。ようやく三人が乗れるかどうかといった狭いエレベーターで最上階へ向かう。
チン、とベルが鳴って扉が開き、二人は揃って目を丸くした。

「ここ?」

「...の、ハズなんですが」

二人の目を丸くしたのも無理のない話だった。なにせ、そこはただのベランダだった。
いや、ただのベランダ、では語弊があるだろう。
大人二人が横に腕を広げることが出来るぐらいのベランダには、四つのテーブルセットらしきものが置かれている。
呆然とする二人の前に、背の低い白髪の老人が姿を見せる。

「いらっしゃい。ご予約の浦原様ですか?」

「え、あ、ハイ」

「どうぞ、こちらへ」

どうやら、ここは店舗で間違いないらしい。
ベランダの手摺に隣接された端の席に座り、よく見てみると、このテーブルセットも、古いビールケースとドラム缶を使っていて、不安しかない。

「どうします?今からでもお店変えましょうか?」

向かいに腰を降ろし、手摺の隙間から夜景を見下ろしていた彼女にそっと耳打ちをする。この状況でまともな料理が出てくるとは思えない。しかし、彼女はゆるゆると首を振った。

「たまにはこういうお店もいいんじゃないかしら。見た目だけで判断したら失礼だもの」

それにほら、夜景も綺麗よ?と微笑んでから、口許のカーブを少し鋭角にした彼女はそっと耳打ちを返してきた。

「...どこかの駄菓子屋の店長さんみたいに、ね?」

「それもそっスね」

確かに喜助が評価できた立場ではない。頭を掻いて肩を竦めている間に先程の店主らしき老人が現れる。

「どうぞ。まずは前菜からお召し上がりください」

蒸し鶏の香味葱塩ソース、ピータン、ホタテのカルパッチョ、フカヒレスープ、海老餃子や翡翠餃子それに小籠包といった点心盛合せ、牛肉のオイスターソース炒め、蟹レタスチャーハン、最後に杏仁豆腐。
一般的なコース内容ではあるものの、どれもこれも下処理や味付けが見事で、丁寧な一品ばかりだった。

「入ったときは吃驚したけど、美味しかったっスね」

「ええ。また行きましょう。今度は鉄裁さんと雨ちゃん、それにジン太くんも一緒に」

日が合えば夜一さんもどうかしら、と月明かりの下でふわりと微笑む彼女の言葉に、喜助は明後日の方を向いた。

「それじゃ貸切りになっちゃいますよ...それにあのお祖父サン一人じゃ可哀想だ」

「家である程度食べてからにしたら平気じゃないかしら」

「どうかなー。あの夜一サンっスよ?」

一体何処に吸収されるのか、一升の米を平らげてしまう程の大食漢である親友の食事風景を思い浮かべる。
隣でくすくすと笑い始めた彼女に、ふと違和感を感じて振り返る。

「ねぇ、」

「はい、」

「...もしかして、火傷した?」

「え?」

「だから、舌。火傷したんじゃないの?」

どうも先程から僅かに舌ったらずな話し方をしていたから。
それは普通なら絶対に気付かないようなことだけれど、喜助は違和感を覚えた。それはずっと隣で見てきたからこそ分かることで。

「え、と」

「ほら、舌だして」

「だ、大丈夫ですから...!」

足を止めて彼女の華奢な肩を引き寄せた途端、彼女は体を離そうと喜助の胸を押し返してくる。

「なんだ。やっぱり火傷してるんじゃない」

「喜助さん、待って、...ゃ、」

細い顎を捉えて半ば無理矢理にその柔らかな唇を割り、ちゅるちゅると舌先を吸うように舐める。火傷した箇所がいつもより過敏になっているせいか、びくりと大きく肩を跳ねさせた。
彼女には悪いが、その反応が面白く、つい夢中になって何度も舌先で撫でる。

「んっ、ぁ...ふぁ、」

肩に回していた掌を、背中から腰にかけて少しずつ下げていく。痙攣するように小刻みに体を震わせて、彼女の小さな拳がぎゅっと喜助の上着を握りしめる。

「...と、危ない危ない。これ以上は帰ってからっスね」

ちゅ、と音を立てて離れた濡れた唇が、月光を跳ね返す。
まるで彼女に触れたところから火が着いていくように、もっともっと、と、燻り拡がってゆく。

「...もう...」

「ハハ、ごめんごめん。アナタが可愛いから、つい。ね」

ぱっと体を離した喜助から、彼女はふい、と頬を背け、けれどそっと指先を繋ぎ合わせてくる。

「!」

それが触れた瞬間、鋭い痛みが指すほどの熱が弾けた。

「喜助さん?」

思わず指先を引っ込めてしまいそうになるのを寸でのところで押し止めて、なんでもない風に、今度は喜助から彼女の掌を握り締めた。

「アナタのが移ったかなァ」

「?...何の話ですか?」

「いんや、コッチの話っスよ」

からからと声をあげた喜助を、道すがら、傍らの女性はしばらく不思議そうに見上げ続けていたのだった。

火傷して過敏になっていたのは、果たしてーーーーー。






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -