結んで開いて
※未来設定。
※子どもがおります。名前固定。
「うー、あーあ!」
よたよたとした歩みで、可愛い我が子は愛しの妻の元へと向かう。
「ふふ、ご機嫌ね」
「あー!」
笑窪を浮かべてふにゃりと笑う娘に相好を崩して、彼女は娘を膝の上に抱き抱える。
ようやく一歳になったばかりの娘は、まだ言葉らしい言葉を発することはないものの、妻の「パパに遊んでもらってたの?」という問いには頷いてみせた。
おそらく意味は分かっていないのだろうけれど。
「やっぱりママがいいんスかねぇ」
「どうして?」
「いや、アナタがあやしてるときの方が笑ってる気がするんスけど」
「そうかしら」
くすくすと笑う彼女は膝の上で藻掻く娘を抱え直そうとする。
だが、娘は懸命に身を捩って、妻の髪に手を伸ばす。
「あー!あー!」
「あらあら、どうしたの?」
右に寄せて括っていた彼女の髪を引っ張ろうとしているのかと思ったがどうもそうではないらしい。
視線を辿ると、彼女の耳下、その髪を一つに纏めているシュシュに熱い視線を注いでいる。
「これが欲しいの?」
彼女がふわりと微笑むと、娘はそのシュシュに手を掛ける。
だが、幼い娘の力ではそれを奪い取ることまでは難しいらしい。
妻はそれを察したのか、娘の方へ首を傾いてみせる。我が子ががっしとそれを握ったことを確認してから、今度は頭を反対側へと倒す。
すると、しゅるりと彼女の柔らかな髪がそれから抜けていく。
「あー...うー、うー、」
「あら、欲しかったんじゃないの?」
手にしたシュシュを眺めた後に、娘は今度はそれを妻の髪に押し付ける。
妻は愉しそうに口許を緩めながら、同じように髪を縛る。
それをじっと眺めていた娘は、またそれに手を伸ばす。
「ふふ、やっぱり欲しいのかしら」
先程と同じように娘の方へ首を傾ぎ、小さな小さな手がシュシュを掴んだところで今度は逆方向に首を傾いだ。
娘の手には、布製の柔らかいそれが握り締められている。
「それとも、新しい遊びだと思ってるのかしら」
彼女はくすくすと笑いながらまた髪に押し付けられてきたそれを受け取って、自身の髪を緩く纏める。
しばらく同じ行動を繰り返し始めた母と娘を見つめていた喜助は大事なことを思い出して立ち上がる。
「〜〜〜〜〜〜ッ、ったァ!!」
「・・・・・・もう、何してるの?」
箪笥の前で踞る喜助を見て、彼女は盛大な溜め息をついた。
微笑ましい遊びに興じる母娘をビデオカメラに収めようとしたのだが、喜助は日頃の行いが悪いと言われているかのように箪笥の角に足の小指の先をぶつけてしまった。
「あー、あー」
「ん?・・・ハハ、大丈夫っスよ。大したことないからね」
いつの間に妻の膝の上から降りたのか。
踞った喜助の背中をぺちぺちと叩いてくる娘の頭を撫でる。
優しい妻に似て、自身の身を案じてくれているのか。
そう思ったのだが、娘はそんなことは微塵も気にした様子もなく力強く喜助の背中を叩く。
「あ、待って喜助さん、そのまま」
「・・・?」
彼女の指先が喜助の首筋、正確には襟足に数回触れて離れる。風通しのよくなった襟足辺りに、さらに娘の拳が叩き付けられる。
「あー、うー」
「今度はボクと遊んでくれるんスか?」
「あー!」
喜助が天井を仰ぐと、元気な声がとともに小さな手がしっかりと襟足にあるそれを握り締めるのを感じた。
次に顎を引くように頭を前に倒せば、喜助の襟足を結んでいた髪飾りは、しゅるりとそこから抜け落ちて娘の手の中に残った。
「あー!あー!」
「ふふ、喜助さん。もう一回したいみたいよ」
とてとて、と足を交互に動かして喜助の正面へと姿を現せた娘は、彼の頬にぐいぐいとそれを押し付ける。
「いいっスよ」
喜助がそれを受け取って、今度は自身で結んでみせると、娘はにへらと顔を崩してまた手を伸ばしてきたのだった。
後日。
喜んで娘の遊び相手に為りたがった喜助が大量のヘアアクセ類を買い占めて、妻を驚かせるのはまた別の話である。
(...喜助さん、どうしたの、これ)
(いや、シュシュが好きみたいだから、ゴムとかクリップもどうかなと思って)
(だからって、買いすぎよ)
(えー、でも、コッチのは鈴がついてて音がなるし、これなんか生地が変わっててカシャカシャいうんスよ。他にも、)
(そういう話じゃないでしょう?こんなに使わないわ)
(遊ばなくなったら、アナタとウルルで使ってくださいな)
(...もう!無駄遣いしないでください!)