真夜中の、

ぱちり。


断線するように途切れていた意識の糸が、小さく弾けて繋がる。
繋がったことを認識する為に、瞼を開く。
暗い。視界はまだ闇に閉ざされていた。
かち、こち、と針が動く音が耳に届く。

まだ、夜明け前らしい。

瞼を開けたにも関わらず、その視界が暗いこと。
時計の音だけが響く程に、外界が静かなこと。

夢と現実の狭間を行き来する意識の海の中、彼女はそう判断した。
まだ起床する時間ではないのだから、もう一度眠りにつけばいい。
しかし、目が覚めたのには理由があるらしい。
体が急激に喉の渇きを訴えている。

夕飯の焼き魚の塩が少々利きすぎていたのかもしれない。
はたまた、呑みすぎたのかもしれない。
或いは。

自身を抱き込むようにして眠っているこの男の夜伽に付き合わされたせいかもしれない。

両腕でがっちりと彼女の体を抱えられていて抜け出そうにも抜け出せない。
こういうことがあるから、寝室にも水差しは置いてあるものの、これでは意味がない。
一旦渇きを自覚してしまうと、どうしようもなくそれが欲しくなってしまう。
再び寝入ってしまおうと瞼を閉じてみても、時計の針の音が脳裏に響き渡るだけで、彼女の睡魔は真夜中の散歩に出掛けたまま戻ってくる様子はない。

仕方がない。

彼女は諦めて腕に乗せられた喜助の腕を持ち上げる。
見た目よりもずっと厚く逞しい腕は、それでなくても重いというのに、意識のない状態では尚のこと重い。

「ーーー・・・?」

ふるりと、彼の長い睫毛が揺れる。

「起こしてごめんなさい。喉が渇いて、」

眼を開ききる前に彼女が小声でそう呟くと、喜助は瞼を持ち上げることをやめ、代わりとばかりに、彼女の体に乗せていた腕を布団ごと持ち上げる。
ひゅう、と布団の中に冷気が流れ込んでくる。

「ん、」

「ありがとう、喜助さん」

布団から這い出る際に傍らに脱ぎ捨てられていた長いガウンを羽織る。
コップに並々と注いだそれを喉を鳴らして飲み干す。
喉から胸の奥を伝った水が胃の中に落ちてゆく。
コップを持ったまま、その場でほうと一息つく。
窓の外を眺めるとまだ月が高い。夜明けまではまだ数時間ありそうだ。
ふと背後で、ぱふんぱふんと、空気の抜けるような音がする。
振り返ると、喜助が空いた空間に掌を打ち付けている。

声を発するのも億劫な程に眠いのだろう。
それでも隣に彼女が戻るまでは完全に眠るつもりはないらしい。
早くおいで、と言うようにその手は何度もぱたりぱたりと彼女の定位置を叩いている。

「もう、」

いつものらりくらりとしていて掴み所のないこの男は、
けれど同時に本当にどうしようもなく我が儘で仕様のない男なのだ。

くすりと小さく笑った彼女がそっと潜り込むと、彼はまた同じように布団を持ち上げて招き入れる。
招き入れる際に、抜け目なく彼女のガウンを剥ぎ取った喜助は満足げにその肢体を抱き抱える。

起きているのかいないのか。
瞼を一度も開けることなく、そんなことをやってのけた彼に一言ぐらい文句を言ってしかるべきではなかろうか。

けれど、ふらりと散歩から帰ってきた睡魔に誘われた彼女の唇は、そんな小言の代わりに小さな寝息を吐き出したのだった。





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