嫉妬と情欲
「夜一サン!次の衣装これにしません?」

「ほう。なかなかに動きやすそうじゃの」

「そうなんスよ。しかも横チチが拝めるという・・・目が痛いっ!!」

「なんじゃそのふざけた理由は!?」

「いやいや、これを着れるのは世界広しと謂えども夜一サンぐらいっスよ」

「誰が着るか!そんなもの!」

「えー、さっき乗り気だったじゃないっスかぁ」

「やかましいっ!」

「あいたァっ!」

居間から聞こえてくる相変わらずのやり取りに苦笑しつつ、彼女がお茶を用意していると、台所に三人の人影が揃って神妙な表情で顔を出す。

「・・・奥方、つかぬことをお聞きしますが」

「何でしょう、鉄裁さん」

「その、店長の"アレ"については」

「ふふ、本当困ったものよね。あの人、あれが挨拶とでも思ってるんじゃないかしら」

"アレ"とは喜助のセクハラ紛いの言動のことだろう。
毎回夜一の鉄拳制裁を喰らうと分かっていてやっている辺り、あのやり取り自体を楽しんでいることは明白だ。
本当に懲りない男である。

「はぁ・・・しかし、」

「でもよ、姉ちゃん。"アレ"はどう見てもセクハラだぜ?いいのかよ、別の女にあんな態度させといて?」

「・・・ジン太くんの言う通り・・・喜助さん、ひどい・・・」

「あらあら、皆ありがとう。でも、いいのよ」

どうやら、彼女という存在がありながらああいう行動に出る男の気が知れない、と思ってくれているらしい。
この家に集う者は、皆、性根の優しい者ばかりで、その彼等に思われている自身を顧みて、改めて幸せだと感じ彼女は口許を綻ばせる。

「奥方は気にならないので?」

「ええ。気にしてないわ」

「なんでだよ?」

ジン太が眉間の皺を深くして詰め寄ってくる。
少年のうちからこんな表情ばかりでは皺が取れなくなってしまいそうだ。可哀想に、と彼の額をそっと撫でると少年は照れたように頬を赤らめて後ずさる。

「昔聞いたことがあるの。他の人にはただの軽い悪戯で、ああやって遊んでるだけなんですって」

「姉ちゃん・・・それ店長の口車に乗せられてるだけだろ」

「奥方、私めもジン太殿と同意見ですぞ」

「・・・騙されちゃ、ダメです・・・」

「あら、そうなのかしら。だったら困ったわね」

くすくすと笑う彼女に三人はがくりと肩を落とす。
どうにも信用ならないらしい。

「じゃあ後で皆が喜助さんに言って聞かせてくれるといいのだけど。私じゃまた言いくるめられちゃいそうだから」

彼女が肩を竦めてみせると、三人は胸を張って答えてくれる。いい家族だと思う。血の繋がりなどなくとも、十分に。

「承知致しましたぞ」

「任せとけって!」

「・・・ちゃんとしてもらいます、」

「ふふ、皆頼もしいわね。さ、二人にお茶を出すから手伝って。夜一さんの分の茶菓子が大量にあるんだから」

背後の作業台にところ狭しと並べられた菓子を振り返って彼女は破顔する。





**********

あれは当時、まだ付き合いはじめて一年にもなっていない頃だったと思う。
まだまだ彼のことが把握できていなかった彼女は、ただただ、彼と恋仲であることが信じられずにいた。
連日、夜一と並んで歩く彼をみて、つい漏らしてしまったのだ。
それは彼女の非番の日に、激務の合間を縫って『ちょっと休憩っス』と言って喜助が屋敷に潜り込んできたときのことだった。

『浦原隊長、その・・・四楓院隊長とは、本当に何もないんですか?』

『・・・ハイ?なんです、藪から棒に』

言ってしまってから、しまった、と後悔した。
こんなこと聞くべきではない。しかし、今さら取り消せる言葉ではない。

『ええと、ですから、』

言い淀む彼女の様子に、類い稀なる頭脳を有する目の前の男は、彼女の様子から察したらしい。

『前も話したと思いますけど、夜一サンは親友です。・・・で、もしかして、妬いてる?』

『・・・・・・ごめんなさい、』

『どうして謝るんスか』

『だって、こんなの、迷惑、でしょう?』

『何が?』

本気でわからない、というように眉根を寄せる喜助に、どう告げたものか、と考えながら言葉を吐き出す。

『その、浦原隊長なら四楓院隊長以外にも、引く手数多でしょうし、先日も何方の女性と連れ立って行くのをお見掛けしました。私なんてーーーー』

『はい、そこまで。その先を言ったらさすがのボクでも怒りますよ?』

彼女の唇に人差し指をそっと押し当てて、閉ざす。
喉元まで出かかっていた言葉を何とか飲み下す。

『・・・浦原、隊長、』

『それにしても、ボクのことよく見てくれてるんスね。いや〜嬉しいなァ』

『もうっ!誤魔化さないでください!』

『アハハ、ごめんごめん。さて。そうっスねぇ、その"隊長呼び"辞めてくれたら教えてあげまショ』

確かに彼女は非番だが、まだ彼は仕事中である。
白い羽織が嫌でも目についてしまって、けれど、いつまでも彼を拘束しておく訳にはいかない。友人が血相を変えて押し入ってきそうだからだ。
そもそも先にこの問答を始めてしまったのは彼女だ。

『浦原さん、』

『違うデショ』

仕方なく敬称を省いた言い方をしてみたものの、叩き落とすように切って捨てられる。

『・・・喜助さん、』

『はいな♪なんでしょ?ああ、理由でしたっけ?』

卓袱台についた両腕で頬を支えて、喜助はにこにこと喜色満面の笑みを浮かべる。
非番の日で、しかも二人だけしかいないとは言え、未だに名を呼ぶのは苦手である。

『はい、』

『んー、まあ、ボクも男ですから、綺麗な人見たらつい声掛けたくなるんですよ。逆に声掛けられることも多いですし、そうした方が上手く世の中渡っていけることもありますからね』

なるほど。あからさまな好色家を演じていれば、かえって警戒されることも少ないのかもしれない。特に彼の場合は女に好まれそうなこの容姿である。彼なりの処世術ということらしい。あとは単純に男の性だ、と。

『そのついでにチョーット癖の悪いボクの手がカワイイ悪戯しちゃうこともあるんス』

色々と気にかかる言葉が複数耳に飛び込んできた気がするが、彼女は黙したまま頷く。

『・・・はい、』

『ただね、』

彼はそこで一度言葉を切って、ひたりと両の瞳で彼女を見つめる。

『アナタにはそんなこと出来ないんですよ。何故か分かります?』

『いいえ、・・・分かりません』

正直に彼女が左右に首を振ると、喜助は湯飲みに添えられていた彼女の手をそっと包み込む。

『本気だから。・・・アナタには本気だから、じゃれあいなんかじゃあ済まない。ちょっとしたことで離せなくなってしまうくらいに、アナタしか見えてないんだ。他の人ならいくらでもすぐに我に還れるのに、アナタのことになるともう何も分からなくなる。それぐらい、本気なんです』

目元にほんの少し差した朱が、彼の言葉が嘘ではないことを告げている。
飾らない、偽らない真っ正直な言葉だと。

『だから、ああいうのは全部ただのお遊び。こんなボクだけど・・・こんなボクだからこそ、これがアナタに本気だと言える証になりませんか?』

『もう、充分、です・・・』

頬が熱い。
そこまで想われていたなんて。
先程まで感じていた不安は影も形もなく、代わりに心臓が煩く胸を叩いてくる。

『おやま、顔真っ赤にしちゃってかーわいい』

『もう、浦原さんっ!』

『あ、また戻った。なかなか名前呼んでくれないっスねぇ。もしかして焦らしプレイ?』

居たたまれなくなって彼女は、とうに空になっていた喜助の湯飲みを奪い取る。

『違いますっ!もう!早く仕事に戻ってください!』

『ハイハイ』

『返事は一回で結構です!』

くつくつと笑うと彼は背後の窓枠に手を掛ける。
彼女の部屋に二つあるうちのその丸い窓を何故か気に入っているようで、出入り口はそこではないと何度言っても、"忍び込むならここがいい"と聞く耳をもたない。
仕方なしに窓枠の側まで見送りに立つ。

『アナタが妬いてくれるの、ちょっと嬉しいな』

枯葉が地面を擦れる程の小さな声だったが、それでもはっきりと聞こえた言葉に驚いて彼を凝視する。

『・・・え?』

『ボクばっかり、好きなのかと思ってた』

『そんなこと!・・・んぅ、っ、』

瞬間、腰と顎に手を掛けられて、唇を塞がれる。
ちろりと舐められた唇が僅かに開き、喜助の舌が中に入ってくる。
彼女の手は気づけば、ぎゅっと彼の羽織を掴んでいた。

『ああ、ほら。そんな顔されると、今、欲しくなる。・・・ただの戯れなんか、アナタとじゃ到底出来そうにない』

まだ吐息が触れ合うほどの距離で見つめてくる喜助の瞳の中に燻り始めた熱に浮かされるように、自然と唇は彼の名を呼んでいた。

『・・・喜助さん、』

『狡い人だ』

彼女の濡れた唇から溢れ落ちたその呼称に、喜助は僅かに目を見張ると、その瞳をふっと切なげに揺らして、羽織を掴んでいた彼女の手をそっと離させた。

『また後で、ね』

視線を横目に流したかと思うと、彼はその姿を消した。
人影のなくなった窓辺で、彼女は静かに佇んでいた。


************


「ーーーーあー、そんなこともありましたっけねぇ、」

「ありましたよ。覚えてないんですか?」

月明かりの元、いつものように縁側で酒を酌み交わす。
主に一日の出来事などをお互いに語り合う時間になっているその折に、彼女は昼間の話題から思い出した昔話を持ち出した。

「いや、覚えてますけど。・・・うーん、あんなこと正直に白状しちゃうなんて、ボクも若かったなァって」

「そうですね。今はもう若くないですものね」

「ちょっと、そこは否定してくださいよ」

喜助はぱちん、と扇子を閉じて苦い顔をする。
最近どうやら気にしているらしい。

「でも、年々おじさんみたいになってるんですもの」

「何が?」

「夜一さんや織姫ちゃん、それに店に来る女性客への発言が」

「え、そう?」

「ええ」

気付いていないというのだろうか。
最近の発言を思い返してみるが、どう考えても好色な中年層の発言である。

「ふーん。なら試してみる?」

喜助は猪口を盆におくと、帽子に手を掛ける。
彼女が首を傾げると、彼は口許だけを釣り上げた。

「きゃっ!?もうっ!」

途端、視界が反転して、正面に喜助、背中に固い木板の感触。
顔の横に片手を突かれていて、慌てて胸板を押し返してみるがびくともしない。

「オジサンってことは若くないってことなんでしょうけど、ボクもまだまだ若いつもりなんでね。・・・特に、コッチに関しては」

「もう!喜助さんっ!!・・・ぁんっ、や、だめ!もう、これも、んっ、セクハラ、よ・・・!」

寝間着の上から胸の尖端を歯で刺激し、裾から易々と侵入した彼の掌が脚の付け根を擽る。

「セクハラ?まさか。セクシャルハラスメントってのは相手が嫌がった時点で成り立つんスよ」

「あ、んぅ、っ、やぁ、だめ、」

固く勃ちあがった胸の飾りを舌で押し潰すように舐められる。下肢に触れる指先はつうっと掠めるように、付け根から中心の周囲を往復する。薄布一枚あるだけで、その刺激は随分ともどかしいものとなり、もっと触れてほしい、と欲情した体が涎を垂らし始める。
口でいくら否定しようとも、腰が揺れていては隠しようもない。見計らったように下着の隙間から滑り込んだ指先が、割れ目の奥にくぷん、と飲み込まれる。
と同時に胸の尖端も、かりりと噛まれた。

「んンっ!」

「・・・アナタの場合は、」

ショーツの隙間から引き抜かれた喜助の指には、ねっとりとした透明の蜜が絡んでいる。

「こーんなに悦んでるぐらいですから?セクハラなんて成り立つ訳ないんスよ。ねぇ?」

喜助はそのぬらぬらと光る蜜を、彼女の眼前でゆっくりと舐めとってみせる。

「甘いっスねぇ。アナタの情欲の味は」

味わうように彼はその目を細めて指を丹念に舐める。
目尻の垂れた、彼の緑柱色の瞳。
その視線が、濡れた自身の指先から、ゆるりと床に押し倒された彼女に流される。
その色気に、思わずぞくりと身震いをする。

「・・・っ!喜助さんのばか、変態、」

「なんとでも。それより、続き、しなくていいの?」

腰を擦り付けられる。
布越しに昂った喜助の熱を感じる。

「あっ、ん、」

「ほら、」

固く太く熱を持ったそれを、下着越しに前後に何度も擦り付けられる。濡れた下着の奥から、ぐちゅぐちゅと水音が響く。

「ん、ぁ、もう、・・・くださ、い、っん、」

「ふふ、可愛い」

懇願した彼女を軽々と抱えあげて、喜助は嬉々として部屋へと戻る。

「昼間遊んだ分、アナタが不安にならないように、ちゃんとその体に教えてあげますからね」

「・・・もう、」

どうやら今夜も長いらしい、と抱かれた腕の中で彼女はぎゅっと作務衣の襟元を握りしめていた。






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