銀色の薔薇

毎年の恒例行事と化してきたこのやり取りだが、やはり毎年楽しみにしているのは、いつも違う品種を用意してくれるからだろうか。
それとも毎年送られるその意味と、初めての晩を思い返してしまうからだろうか。


喜助の足の間にすっぽりと収まった彼女の視線は、目の前に突如現れた白い花に釘付けになる。

「はい、ドーゾ」

「有難うございます」

喜助から渡されたばかりの白い大輪の薔薇を眺める。
うっすらと緑がかっているようにも見えるその薔薇の品種は『白銀』。
仄かに甘い香を胸一杯に吸い込むと、満たされた気持ちが溢れだす。
彼女は、ほう、と吐息を漏らした。

「現世の人はさ、結婚して25年で『銀婚式』、50年で『金婚式』って祝い事があるんだってさ」

知ってました?と唐突に語りだした喜助を見上げて、彼女は目をぱちぱちとさせて首を傾げた。
この薔薇と何の関係があるのだろうか。

「今年でこっちに来てから25年目になるんですよ。時が経つのは早いっスねぇ」

「・・・ええ、そう、ですね」

彼女が曖昧に頷くと、喜助はくつくつと喉を鳴らす。
こういうときの彼の話は辛抱強く聞かなかければならない。

「じゃあね、今日って何日ですか?」

そうは思っているものの、さすがにこの問いには彼女も唖然とした。
今更何を訊いてくるのか、この男は。
訝りつつも、素直に問われた通りに答える。

「11月22日でしょう?」

「現世で何の日って言われてるかご存知ですか?」

「え、と、・・・ごめんなさい、知らないわ」

彼女が正直に首を左右に振ると、喜助はへらりと笑って教えてくれた。

「いい夫婦の日、なんですって」

言われた内容をしばらく考えて気付く。
なるほど、語呂合わせになっているのか。
よくよく考え付くものだ。

「だから、それを掛けてみたんだけど、どう?」

実際に結婚しているわけではないが、付き合い始めた日である『いい夫婦の日』と、逃亡生活25年目の『銀婚式』に因んで、『白銀』にした。と、いうことらしい。
回りくどいことこの上ないが、妙なところで照れ屋な彼らしいといえば彼らしい。
視線を、喜助から手元の花へと移す。

「ふふ、でしたら、50年目も期待していいのかしら?」

「うーん、ボクが覚えてたらね」

「なら、今度は私から何か、・・・あ、」

くるくると指先で遊ばせていた白い花をするりと取り上げられる。彼女が振り返ると喜助に唇を塞がれる。

「いいよ、これはボクの楽しみなんだから」

アナタは受け取ってくれるだけでいいんスよ、と抱き寄せられて、彼女も大人しく背中を預けていた。


毎年一輪送られる薔薇の意味は『一目惚れ』で、この日は、
二人にとっては『始まりの日』。
だから、夫婦と言うよりは初心に還る日な訳で、しかも色々あった末の始まりの日な訳で。
果たしてこれを『いい夫婦の日』として考えてしまっていいものか。
と、妙なところで生真面目な彼女が首を傾げていたのは、また別の話である。





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