甘味騒動
※オリキャラ視点。
※※main『鈍色の歯車』読後推奨。
食べたい。
何度見てもアレが食べたい。
帰還する前にどうしても!!
だが、見た目のせいか、以前似たような店で頼んだら周りは女ばっかりで、男がいても女連れしかいないときたもんだ。
そりゃあ浮くよな。当然だ。
つーか、あれって男女差別じゃねェの?
まあいい。
とにかく、俺としては、アレを食えるなら何だって良かった。
そんな訳で、朝から旦那の元に押し掛けた訳だ。
*****
「頼む!この通りだ!」
突然頭を下げた俺を、これ以上ないぐらい怪訝な顔で見下ろした旦那は随分とまた冷めた様子で「なんの用っスか」と煙管を噴かしている。
「だから、これだよ、これ!」
旦那の目の前にチラシを突き出した。
『週末限定!パティスリー特製ラズベリーパフェ♪』と書かれたそれをしげしげと眺めてから旦那は首を傾げた。
「何スか、これ?」
「何って見たまんまだよ。それを食いに行きてェんだよ、俺は」
しばし、無言。
「・・・アナタが?」
「おう」
「・・・・・・・・・これを?」
「似合わねェってんだろ、わーってるよ!」
チラシと俺の顔を交互に、しかも何度も見返す旦那に、俺はつい声を荒げてしまった。
だが、好きなものは好きだ。
砂糖たっぷりの生乳で作られた生クリームに、新鮮な卵から厳選し濃厚な黄身だけを使って焼かれたふわふわのスポンジ。その上に乗せられた程よい酸味が残った赤い木苺と、その木苺で作られた甘酢っぱいラズベリーソースが口の中で調和する様を想像した。
やべェ、想像だけで涎が・・・。
生唾を呑み込んだ俺を、何故か憐れんだ様子で旦那が一瞥している。
男の俺がこんなもん食うのがそんなに可笑しいってのか。
偏見じゃねぇの?
「で、アタシにどうしろと?」
「さすがに男一人で行くのも可笑しいだろ?だからさ、奥さんとーーー」
「ぶっ飛ばしますよ」
旦那にこの手の冗談が通じないことは、もう百も承知なのだが、またやらかしてしまった。
「冗談だって」
「その言葉を信じろと?」
「悪かったって、ホント!この通りだから!」
旦那は明後日の方を向いてまた煙管を噴かしはじめた。
ああしてるときは、考え事をしてるか、気持ちを落ち着けているときが多い。
俺は旦那がまた口を開くまで頭を畳に押し付けておくことにした。
「・・・分かりましたよ。ちょっと待っててください」
かつん、と打ち鳴らして煙管から手を離した旦那は何やら電話をしにいったらしい。
数分ほどで戻ってきた旦那は、「たぶんすぐ来ますよ」とだけいって、また煙管を噴かし始めた。
誰かを呼んでくれたらしい。奥さん以外の女性が彷徨いてるのを見たことはないが、ツテがあったらしい。
さすがは旦那。よ、この色男!とこっそり心の中で喝采を送る。
*****
「喜助ェ!!」
すぱーん!と障子が外れそうな勢いで飛び込んできたのは育ちの悪そうな、失礼、元気そうな子どもだ。
俺んとこにいるチビ共に似ていくもない。
要は、可愛いげがないってことだ。
まあ、このぐらいの男がやんちゃなのは・・・って、まてまて。この子、女子か?
「あ、いらっしゃい、ひよ里サン」
「何が『いらっしゃい』やねん、ハゲぇ!!」
やだなァ、ボク、ハゲてないっスよぉ。なんて、のほほんとした挨拶を交わす旦那に跳び蹴りを披露している。
おお、関節決まってる。あの一瞬でそこまでやるたぁ、すげぇな。格闘技でもやってたのか?
だが、オンナノコで間違いないらしい。
可哀想に。生まれる性別間違えたクチか。
俺がそんなことを思っている間に、痛い痛い、と言いながらも、旦那は用件を伝えていた。
なんつーか、その扱いに慣れてるらしい。
若干楽しんでいるようにも見える。
旦那って、もしかして、マゾか?
一通り挨拶らしき技の掛け合い、というか、一方的に技を掛けられた旦那は相変わらずヘラヘラと笑っている。
「で、まあお二人なら一緒に居てても平気だと思うんですよ」
「なんでやねん」
初めて会った男やねんで?と人を指差す娘。
人を指差すんじゃない。しゃーねェな、後で教育的指導をしてやるか。
「だって、兄妹なら構わないでしょう?」
は?この人、今なんつった?
「はぁ?何惚けたことゆーてんねん」
「・・・いやいやいや、旦那ちょっと待ってくれよ。さすがに兄妹のフリは無理だろ」
「えー、イケますよ。だって似てますもん二人とも」
「何処が?」
旦那はけろっとした顔でとんでもないことを言ってのけた。
「目付きの悪いところ」
同時に隣を見た。
そして、同時にまた旦那を振り返って互いに指を差し合って叫んでいた。
「どこがだよ!?」
「どこがやねん!?」
「ああ、息もピッタリみたいで良かったっスね♪」
ああもう。
この人に突っ込むのは疲れた。
隣の娘は喚き散らしながら、またも突っ掛かって旦那の上に圧し掛かっている。その体力に畏れ入る。
どっと疲れてしまった俺が諦めようかとした矢先に、天使、いや女神が現れた。
「ふふ、ひよ里ちゃんが来るといつも賑やかね」
「ウチのせいちゃうわ!喜助のアホがワケわからんこと言うからやろ」
「あらあら、今日はどうしたの?」
「今回はアタシのせいじゃないっスよぉ」
戸口に立った奥さんが部屋に入ってくる。
仰向けに倒れていた旦那の視線が、奥さんのスカートから覗く足に、いや寧ろその先に注がれていたことには気付かないフリをした。
俺も男だからな、分かるよ。
ただ、後でこっそり見えたかどうかだけ聞いておこう。
あえて何が、とは言わないが。
俺の話を、聞いた奥さんは、意外そうにしつつも「でしたら、皆で行きませんか?」と提案してくれた。
本当にこの人は女神だ。
「マジで!?」
「ええ、それならひよ里ちゃんもいいでしょ?」
それにこの間ここのケーキ食べたいって言ってたじゃない、と笑う奥さんに「アンタがそういうならウチはええけど」とじゃじゃ馬娘は渋々頷いている。
さすが奥さん。じゃじゃ馬も手懐けているとは。
「じゃあ決まりね」
奥さんはまた、うふふと笑っている。
この人の笑顔は、なんつうか、花が綻ぶって表現がよく似合うと思う。思わずこっちまで笑顔になっちまう。
彼女を見ている旦那の瞳が酷く優しいのにも気付く。
羨ましいこって。あーあ、俺も嫁さん欲しいぜ全く。
先ずは彼女だな、うん。
*****
「おいおい、それ俺のだろ!」
「アンタがちんたら食っとるから、溶ける前にアイス食べたったんやんか!?感謝しぃや!」
「はぁ!?じゃあお前のその白玉もーらい、」
「アカンっ!白玉だけはアカン!これは滅多刺しにして食わなアカンねん!!」
「どんな食い方だよ!?普通に食えよ!」
旦那に義骸と服を借りて四人で座ったテーブルに、所狭しと並べられたのは、パフェ、餡蜜、アイス、チーズケーキ、みたらしだんご、チョコフォンデュ、蕨餅、マカロン、プリン、シフォンケーキと甘味の山、山、山。
「もう、二人とも落ち着いて」
俺とじゃじゃ馬娘が甘味を取り合う中、向かいに座った二人は揃ってコーヒーを啜っているだけだ。
意外だったのは奥さんが、甘味が苦手だったってこと。
目を丸くした俺に「こう見えて、この人、酒豪なんスよ」と旦那が笑って説明してくれて、奥さんはそれに対して「もう、やめて喜助さん」と軽く旦那の腕を叩いていた。下手に惚気られるよりも、精神的にくる気がする。気のせいか。うん、そうに違いない。よし、パフェをお代わりしよう。旦那の奢りだしな。
「そうそう。そんなに慌てて食べたら喉に詰まらせますよ?」
「ああ、そうだな」
隣の勢いに吊られてがっついてしまったが、確かに普通に食べればいい話だ。
ちょいと休憩、と俺もコーヒー啜る。
隣ではじゃじゃ馬娘が、本当に白玉をいちいち滅多刺しにしながら食べている。
何か白玉に恨みでもあるんだろうか、この娘は。
帰るまでに、時間がありそうだったら今度聞いてやるかな。
なんだかんだでコイツが着いてきてくれたからコレにありつけてるんだしな。
*****
「ごっそーさん!!」
腹一杯になるまで食べ尽くした俺とじゃじゃ馬娘はご満悦で旦那に手を合わせた。
会計の金額が可笑しなことになっていたように見えたが、旦那は平然と支払してやがった。
この人、実は結構な蓄えあんのか?
「今日はありがとな、じゃじゃ馬、・・・じゃなかった、ええと」
「誰がじゃじゃ馬やねん!失礼なヤツやな!ひよ里や!猿柿ひよ里!」
「猿柿ひよ里ちゃん、ね。どうも。俺は、桑折清春っつー、」
手を差し出したら、その手をぱちんと弾かれた。
地味に痛い。
「アンタの話なんか興味ないねん。ウチの名前も覚えとかんでエエからな!」
来たとき同様にじゃじゃ馬娘はとっとと帰っていった。
去り際に振り返って「ええかー、はよ忘れるんやでー!」と叫んでいた。
「・・・なァ、俺、嫌われてる?」
旦那も奥さんも、ただ笑うだけで答えてくれなかった。
何なんだ、一体。
やっぱりオンナノコにじゃじゃ馬娘呼ばわりは不味かったか、と俺はその日唸り続けていた。