xx談義
※オリキャラ注意。main『鈍色の歯車』読後推奨。
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「旦那、ちょっと地図と筆貸してくれ。あと、お茶くれたりしねェかな?」

「・・・ウチは便利屋でも茶屋でもないんスけどねぇ」

「まあまあ、固いこと言いなさんなって」

この黒髪で大層目付きの悪い男の名は、桑折清春(こおり せいしゅん)。
近々向こうに戻ると聞いているが、まだ後任が決まらないのか現世に駐屯し続けている。
以前は警戒していた様子で、斬魄刀から手を離すことはなかったというのに、今では上がり込んできては刀を平気で腰から外している。その緊張感のなさは如何なものかと思っている。しかも、つい先日、殺されかけた相手を前にしてこの態度である。

度しがたいと、頭を降りつつ、帳簿をつけるために使っていた筆と硯を貸してやる。
現世に来てかなり経つと言うのに喜助は未だに筆を愛用している。向こうにいるときに愛しい彼女からもらった馬の毛を使用した筆は滑りがよく非常に書きやすい。『設計図として、ときどき図形も描いてらっしゃるってひよ里ちゃんから聞いたから』と絵筆にも使える先の細いものと太いもの、号数をいくつか組み合わせてもらったのだ。
「丁寧に扱ってくださいよ」と念のために釘をさして渡すと、ちらりと筆を見てから「げ、業物かよ!いいモン使ってんだなァ」と眼を丸くして感嘆した男は広げた地図に筆先を置いていく。

「で、地図なんか広げてどうするんスか?」

「ん?まァ見てなって。こことここ、で四丁目の交差点と、廃工場の裏と、・・・っし、出来たぜ!」

「・・・んー?」

喜助が首を傾げると、桑折は眉間に皺を寄せた。

「あれ?反応薄いな。旦那なら分かると思ったんだが。アンタすげー頭いいし」

「いやいや、アタシはしがない駄菓子屋の店主ですよぉ」

「おうおう、白々しいことで。何が、しがない、だよ。アンタが十分切れ者なのはもう分かってんだよ」

溜め息をついて「アンタのことは、俺の警戒出来る範疇を超えた存在だと思ってる。だから警戒するだけ無駄だって諦めたしな」と笑っている。本当に聡い男だ。

「・・・お好きにドーゾ」

「はは、否定はしないんだな。ますます警戒する必要がなくて助かる」

「どういう意味っスか」

「根っからの悪人なら、もっと巧くやるぜ?アンタはどっかで人を騙すことに罪悪感を感じてんのさ。だから、ときどき誤魔化しきれない。そーゆーお人好しなのさ」

「・・・買い被りすぎじゃないっスか」

「ほら、また誤魔化せてないぜ?」

からからと笑う男をじろりと睨んで、地図を奪い取る。
主に見通しの悪い交差点や、細い路地に集中して印がつけられている。

「・・・事故の多い現場、ですよね」

「なんだ、やっぱ分かってんじゃねぇか」

おそらく、後任のために印をつけているのだろう。
事故が多い、ということはそれだけ整も虚も生まれやすい場所で、警戒しておくに越したことはない。
無益な被害を最小限に抑えるには、データを徹底的に洗い出して検証し、繰り返し現場に赴いて改善策を掲げなければならない。
それを誰に命じられた訳でもなく、自発的に、必要だと判断してこなしているのだろう。
その上、この洞察力だ。彼が席次に着くのはそう遠い日ではあるまい。
彼は、お人好しなくせに性格は捻てるんだよなァ、旦那は。なんて言いながら勝手に急須からお茶を注いでいる。
いつ誰が飲んでいいなんて言ったのか。
しかしながら、この図々しさも憎めないのだから困ったものだ。

「まあ今日はこれで来たんじゃなくてさ、」

彼は茶を啜ってから、脇においていた紙袋を喜助に差し出す。

「これを旦那と拝もうと思ってな」

「なんスか?」

がさがさと中を開けると、その紙袋から出てきたのは雑誌だった。
表紙に「巨乳特集!」やら「今夜のご指名は?」なんて文字が踊る中央に、谷間を寄せたきわどい水着の女性が写っている。

「・・・エロ本じゃないっスか」

喜助も男であるし、別になんら驚きもしない。
しないのだが、こうも堂々と昼日中に渡されるとさすがにどう反応していいか判断に迷う。

「旦那に見てほしいのはそこじゃなくて、その付箋のページだよ」 

もう一度視線を落とすと、確かに一枚付箋が貼ってある。言われるがままに捲ってみて、一瞬眼を見開いた。
ぱたん、と閉じて、隣の男を振り返る。
彼はただニタニタと笑うだけだ。
もう一度落ち着いてみる。
良かった。見間違いだ。

「・・・他人のそら似デショ」

「そう言いながら実は動揺してただろ?」

けたけたと腹を抱えて笑う男をじろりと睨む。
確かにそのページに写っていた白い水着を着た女は、一見すると彼女に似ているようにも見えた。だが、雰囲気が似ているだけで、実際には違う。

「彼女はね、肌だってもっと綺麗だし、髪も艶やかだし。唇はもう少し厚みがあるし、眼だってうるうるしてるし。しかも体つきはもっと男を誘うような体型だし。言い出したらキリがないけど、とにかくアタシの未来の奥サンはもっと綺麗ですよ」

「べた褒めだな」

ひゅう、と軽く口笛を吹く男に、本を突き返す。

「そりゃそうでしょ。ベタ惚れっスもん」

「さいですか。で。ちなみに旦那はどこが一番いいわけ?」

どこが。さてどうなのだろう。
彼女の存在すべてが愛しいのだが、今はそういう話ではあるまい。少し考えてから手を前に伸ばす。

「そうっスねぇ・・・よく、手に収まるサイズがいいって言うじゃないですか」

「ああ、よく言うな」

「アタシ、割りと手が大きいんですよね」

「大抵は背丈に比例するし、そりゃそうだろ」

かくいうこの男もなかなか長身である。おそらく喜助とそう変わらないのではないだろうか。

「で、アタシの場合、こうなんスよ」

片手で碗を持つように指を広げる。
男は同じように指を広げては、うんうんと頷いている。

「確かにでかいな」

「そうなんスよ」

しみじみと頷いた喜助を眺めていた桑折が、突然ぎょっと眼を見開いた。

「・・・?え、ちょ、マジか!?」

「そーゆーことっス」

「え、なに?奥さん、割りと着痩せする方?」

喜助の手を指差しながら驚いたように詰め寄る。

「あー、彼女、結構気にしてるから、胸回りを強調する服はあんまり着ませんしねぇ」

ブラウスを着るとボタンが止まらなくて困ると小言を漏らしていたのを聞いたことがある。無理に着るとボタンが千切れてしまうのだとか。

「いや、けど・・・え、サイズは?」

「それはさすがに言えないっスよ」

「ああ、だよな、悪い。ちょっと驚いた」

はぁ、と深く息を吐き出すと、彼はばたりと畳に転がった。

「そういう桑折サンはどうなんスか?」

「俺?俺は脚だね。ああ、脚っつっても、太股とかじゃなくてさ、きゅっと締まった足首のラインが好きでね」

「またマニアックなところにいきますねぇ」

「よく言われる。でも俺はこの輪の中に入る華奢で締まった足首が好きな訳」

男は転がったまま、天井に腕を突きだし、親指と中指で輪をつくって相好を崩している。

「あとは膝の裏のラインなんかも好きだね」

「要は脚の括れが好きなんスね」

「ああ、それは言えるな」

「括れは確かにそそられますしねぇ」

「お、わかる?」

「アタシの場合は彼女限定ですけど」

脳内に浮かぶのは彼女の肢体だけで、他に抱いてきた女の体つきなど欠片も思い出せない。

「へーへー。そうでしたねー。とりあえず旦那が乳派ってことは理解した」

「何派って訳じゃないんですけどねぇ。目に見える範囲なら、そこがお気に入りってだけで」

「目に見える範囲って、どういう・・・おーいおいおい!淡白なのかと思ってたけど、結構旦那も好きだねぇ」

にやりと笑って親指と人差し指で作った輪の中に、もう片方の人差し指を出し入れてしてみせると、彼は腹を抱えて笑いだした。

「こんな本にお世話になっちゃうアナタ程じゃないっスよぉ」

「どーせ相手がいねぇよ!悪かったな!」

「時期が来れば見付かりますって。きっと。おそらく。たぶん」

「なんで後半になるにつれて不安を煽るようなこと言うんだよ。畜生」

不貞腐れたように口を尖らせる。
これが愛しい彼女なら可愛げもあり、揺さぶられるものがあるのだが、男がやったところで、全く響くものがない。
むしろ止めて欲しい。

「でもよ、さっきの話で、俺が奥さんのことオカズにするとか思わねェ訳?」

それはもっともな意見だ。彼女に実際に会った上で、いくらでも想像することは容易い。ましてや、胸のサイズなど、具体的な情報を提供されてしまえば想像せずにはいられない。

「そりゃ誰かの夜のお供にされてるのは癪ですけど、本物の彼女が汚された訳じゃないですし。・・・それに、」

喜助とて、すべてを許せる訳ではないが、本物の彼女に触れようとしているわけではないのなら多少は黙認すべきだと考えている。何故なら。

「それに?」

「付き合うことになる前は、何度かオカズにしてたことがありましたからねぇ、アタシも」

「へぇ。付き合うまで長かったクチか?」

「ええ、まあ」

長かったというか横槍が酷かったというか。
彼女が誰と居ただの、今度誰と飲みに行くらしいだの、半分以上はデマだったのだが、親友、いや悪友に吹き込まれてその度に一喜一憂していたのだ。その最中、彼女の恥態を描いては何度も抜いていた。
どんな声で啼くのだろうか。どんな風によがるのだろうか。
肌の柔らかさは?ナカの具合は?感度は?
妄想の中で何度も彼女を組み敷いて、吐き出して。
その度に彼女には合わせる顔がないと、自己嫌悪に落ち入っては、極力会うのを避けて。  
情けなくて彼女には一度も話していないが、友人が当時のことを面白おかしく話していないか不安で仕方ない。

「いいねぇ。俺も美人で気立てがよくて巨乳の嫁さん欲しいなぁ。よし、帰ったら嫁さん探しするか!」

「まあ、頑張ってくださいな」

「ひでぇな、せめてもう少し応援してる振りしてくれよ」

「アレ?してるつもりなんスけどね」

「アンタなァ・・・」

そこでがらがらと玄関の戸を開ける音がした。
喜助は広げていた雑誌を急いで紙袋にしまうと、まだ転がっている桑折に叩き付ける。

「彼女に見つかる前にそれ隠してくださいよ!」

「っと、そうだな」

がばりと起き上がった男が、それを雑に懐に閉まったところで、戸が引かれる。

「こんにちは、桑折さん」

「お邪魔してます」

彼女はにこやかに男と挨拶を交わしながら、茶菓子を用意してきてくれた。

「さっきそこで、水羊羹いただいたの」

「水羊羹?この時期に?」

「ええ。この水羊羹は冬が一番美味しいんですって。桑折さんもよかったら召し上がっていって?」

「あざっす!仕事のあとの甘味は格別だよなァ」

「アナタ、仕事してなかったデショ」

「そっくりそのまま返すぜ、旦那?」

「もう、二人とも喧嘩しないで。聞き分けのない人にはお預けよ?」

そう言って、彼女は悪戯をする子供のように笑った。

ーーーーやっぱり、全然似てないや。
喜助は一人胸を撫で下ろして、冷えたそれを口に放った。






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↓オマケの別エンド。前半迄は上と同じ展開。



「いいねぇ。俺も美人で気立てがよくて巨乳の嫁さん欲しいなぁ。よし、帰ったら嫁さん探しするか!」

勢いをつけて、彼はがばりと体を起こして、両手を突き出している。
意気込みは結構だが、さっさとその広げたままの雑誌をかたづけてほしい、と思いつつ、彼に背を向けて、茶を注ぐ。
冷えた縁側では冷めるのも早い。

「まあ、頑張ってくださいな」

「ひでぇな、せめてもう少し応援してる振りしてくれよ」

「アレ?してるつもりなんスけどね」

適当に相槌を打ち、茶を淹れ直すために立ち上がる。
お呼びでない客人の分もついでに淹れ直して、茶菓子でも用意しようと、戸に手をかけたときだった。

「アンタなァ・・・ん?あれ?浦原さんとこって猫飼ってたっけ?」

「は?猫?」

振り返ると、桑折の広げた雑誌の上に一匹の黒猫が鎮座している。
きらり、と金色の眼が光る。

「・・・いいえ、飼ってません、よ」

「あれ、じゃあどこの猫だ?首輪してるから飼い猫なんだろうけど。なァ、御前さんどっから来たんだ?」

「ナァー」

ゆらゆらと尻尾を揺らして、そのまま雑誌の上で丸まった。

「あ、こらこら、せめて畳で寝ろよ、俺の大事な本なんだからよ、と」

ひょいと抱き起こして、移動させられた黒猫はまだ大人しく丸まっている。

「旦那?んなとこで突っ立ってどうした?」

「あ、いや、」

「・・・もしかして、」

雑誌を紙袋に閉まった桑折が怪訝そうにこちらを見ている。
扱いになれた様子で片手で猫の喉元を擽っている。気持ちいいらしくその猫は目を細めて喉を鳴らしている。
はっ、と何かに気付いたように視線を鋭くした彼は声を潜めて。

「猫アレルギーとか?」

ずるり、と思わず転けるところだった。

「違いますよ。ただ、ちょっと黒猫が苦手でして」

「黒猫が?・・・まさか、黒猫が横切ると不吉だー、とか言うんじゃねぇよな?」

「まさか」

そんな非科学的なことを言うつもりはない。
ないのだが、今、この瞬間に於いては、何よりも『不吉の象徴』といえるその姿に恐れ戦いているといっても過言ではない。
絶対に、間違いなく、一言一句漏れることなく、聞かれてしまった。先ほどの会話を。
未だに急須を持ったまま動こうとしない喜助を不思議そうに眺めていたが、桑折は「まぁいいや、」と言うなり、見回りの時間だと言って、来たときと同様に突然帰っていった。

残されたのは、喜助と黒猫。

ゆらりと、尻尾が起き上がり、猫が片目を開ける。

「随分と面白そうな話をしておったのう?」

「・・・そうでしたかね?」


しばし無言で睨み合う。
そのとき、奥から「ただ今」という声がして、彼女が居間にやって来た。救われたような気もするが、更に窮地に立たされたような気もする。

「お待たせしました、夜一さん。すぐお茶とお菓子を用意しますね」

「え、知ってたんですか?」

平然と挨拶を交わす彼女に問い返すと、彼女はにこやかに頷いてみせた。

「ええ、さっきそこで会ったんです。それで、桑折さんが居らしてるかもしれないから、寒いですけど、外で待っててくださいねって話してたんです。・・・でも、会わなかったみたいですね」

「いや、会ったぞ」

件の黒猫は何でもないことのように言ってのけると、うんと、気持ち良さそうな伸びをしていた。

「あら、そうなんですか?」

「じゃが、儂の技をもってすれば気配を消すことなど容易いわ。まぁ、ほんのすこしだけこの鈴も貢献しておるようじゃがの?お陰で作った本人も儂の気配にまったく気づいとらんかったしの」

今度は顔と髭を洗い出した。
明日は雨だろうか。
ーー違う。今心配すべきはそんなことではない。

「あらあら。じゃあ喜助さんも驚いたんじゃないですか」

「お主以上に驚いておったぞ?儂を見てから固まっておった。まあ、あんな話をしておったのでは仕方ないかのう」

片眉をあげて此方を見る黒猫を今すぐ追い出したかった。
楽しんでいることは明らかで、最も提供してはならない人物に、手札を渡してしまったことが悔やまれる。

「あんな話?」

「如何にお主に惚れておるかという話じゃ」

首を傾げた彼女に、夜一は軽く鼻を鳴らして答える。
それは、合っているような、合っていないような答えだった。

「やだ、もう!喜助さんたら、何の話してたんですか!」

そう言いながらも、彼女は顔を綻ばせている。
黒猫は彼女に見えない角度で口角を吊り上げている。
彼女が喜んでいるように見えるのは、自身とまったく違う話を想定しているからに他ならない。

「あはは、まあ、成り行きで」

「どんな成り行きなんですか」

恥ずかしいからやめてくださいね、と目元を赤く染めている。そんな幸せそうな顔で目を逸らさないでほしい。
残念ながら喜助が語っていた内容は、彼女が今想像していることとは、180度違う内容だからだ。
知られれば怒らせてしまう可能性だってある。
先ほどのことを絶対に彼女に知られる訳にはいかない。
どんな手を遣ってでも。



その夜。

「ふぅ、肩が凝ったのう」

「新型のマッサージ器を作ってみたのがあるんスけど!?」

「ああ、鍋が喰いたいのう。たらふく河豚を放り込んだ豪快な鍋はないかのう」

「テッサイ、今日の夕飯は鍋にしましょう!河豚買ってきますから!!」

そこには、夜一の一言一句を叶えようと奔走する喜助の姿があった。

「今日って、夜一さんの誕生日、じゃないですよね。・・・友人への感謝の日とかありましたっけ?」

彼女と同じように同居人の男も首を捻る。
昔馴染みだが、こんなことは無かったからだ。

「いや、聞いたことがありませぬぞ」

「何かあったんでしょうか?」

「ふむ、私にもさっぱりですな」

余程何か廻りに知られたくないことがあったのだろうか。
彼女は首を捻りつつも、きっと自身には関係ないと踵を返した。







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