あやとり
※第三回アンケート御礼文まとめその1。
※※main「道外れの機械人形」09迄読後の閲覧推奨。


〜幼いアナタと〜

喜助の膝の間にちょこんと収まった幼い娘は小さな紅葉のような手を懸命に動かしている。

「これで、・・・できた?」

どう?と首を倒してこちらを見上げてくるから、ぽんぽんと頭を撫でてやる。

「そうそう、上手上手」

少女の小さな指の間に絡まった赤い紐。
一本の輪になっていたそれは今、梯子の形を模している。
喜助に誉められたことが嬉しいようで、ふにゃりと破顔すると、さらに強請る。

「きすけさん、ほかのもおしえてくれますか?」

お願い事をするときは折り目正しく頭を下げるところが、彼女らしい。

「モチロン。今度は何がいいっスかねぇ」

ぺらぺらと畳に広げられた本の頁を捲る。
喜助の腕の中から少女も首を伸ばして覗きこむ。

「あ、これなんてどうです?」

あやとりなんて久し振りすぎて覚えていない、と言ったら鉄裁が本を貸してくれた。
店番をしていると、そういった遊びをねだられることもあるのだという。
あの逞しい骨太な指で繊細なものを編み出す様子を想像して吹き出してしまい、酷い形相で睨まれたのは余談だが。
少女は懸命に喜助の指先を見詰めている。
必死に動きを覚えようとしているのだろうか、そんな様子が可笑しくて思わず笑ってしまった。

「・・・?きすけさん、どうしたの?」

「ううん、あんまり懸命に見てるから、可愛いなぁと思ってね」

そう言うと少女はまたほわりと林檎のように顔を赤く染めて、俯く。

「あらら、照れちゃった?」

「えへへ、あのね、・・・わらわないでね?」

「ん?」

赤い顔のまま、見上げてくる少女の仕草は、彼女を思わせた。恥ずかしいことを言うときに彼女もよく前置きするからだ。『怒らないで』、『笑わないで』と。
小さな小さなその指が、喜助の大きな掌に触れてくる。
小さな指先が撫で擦る動きが些かこそばゆい。

「きすけさんのて、おとうさまのてみたいで、ほっとするの」

「ボクの手?」

「うん、あのね、おとうさまのてもおおきくて、きれいなの」

「男の人なのに?」

「うん!おかあさまよりきれいなおててしてるの!」

「それは、うーん・・・いいこと、なんスかね?」

なんと返事をしたものか。
それはそうと、誉められて悪い気はしない。
撫でてやりたかったが、指先に中途半端に絡まったままの紐が邪魔になってしまった。

「ボクも好きですよ、アナタの手」

「どうして?」

「さぁ?どうしてだと思う?」

少女の真似をして、同じように首を傾げてみせると、彼女は目をぱちぱちとさせて見上げてくる。
その少女の掌に、出来上がったばかりの亀の形を模したそれを移してやると、「かめさん!わたし、このあいだほんもののかめさんみたよ!」とはしゃいでいる。

「へぇ、いつ見たの?」

「えっとね、」

少女は先程の話をもうすっかり忘れて蓮池で見たという亀の話に熱弁を奮う。
指先に絡まった紐が邪魔になったのか、途中でそれを畳に置いてから身振りも交えて語りだしたそれに耳を傾ける。

小さな掌から伝わる暖かな熱が、自身を癒してくれるのだと、彼女に告げられるのはいつの日だろうか。


********************

〜大人なアナタと〜


「ねぇ、あやとりしません?」

洗濯物を畳んでいた彼女の元へ、一本の輪をその長い指に絡めて喜助が顔を出す。

「あやとり、ですか?どうしてまた?」

「この間、子どもたちがやってて楽しそうだなぁって」

「それで、影響されちゃったんですか?」

「うん、そんなとこ」

彼はときどき驚くほど子ども染みたことを口にする。
しかし、それを非難するつもりも、拒否するつもりもない。
こういうところが、周りから甘やかしていると言われるところだろうか。

「・・・もう、仕様のない人」

ふふ、と口許を綻ばせて、洗濯物を脇へ寄せる。
彼は腰を下ろすと、その長い指に一本の輪を通して、人差し指と中指を潜らせて形を変えたあとに、彼女の前に差し出した。

「たまにはこういうのも良いでしょ?ハイ、どーぞ」

「ふふ、そうね。・・・なんだか懐かしいわ」

「まあ大人になってからするもんじゃないですからねぇ」

「そうね、・・・次は喜助さんね」

「やっぱり慣れたもんっスねぇ、」

手順を迷うことなく返すと、彼は感心したように呟く。
そういう喜助も随分と手慣れた様子ではある。
口よりも先に早々と形を変えて、またこちらに差し出されたそれを上から取り上げる。

「ふふ、最近子どもたちとよくしてるから」

「らしいっスね。鉄裁に聞きましたよ」

ボクが店番してるときは誰も来ないのになぁ、と彼は口を尖らせる。子どもみたいに拗ねる様子が可愛らしくて、こっそりと口許を弛める。
喜助は彼女の様子に気付く様子もなく、人差し指を潜らせてまた形を変える。
細く長く、それでいて節のある男のその柔らかな指先の動きに見とれていた。

「・・・どうしました?」

「いえ、あの、」

ふと顔をあげると、彼の瞳が不思議そうにこちらに向けられている。

「ん?」

「綺麗な指だな、って思って・・・」

まさか指先に見とれていました、なんて口にする訳にもいかない。けれど上手い言い訳も思い付かずに彼女の口をついて出た言葉は、それとほぼ同じ意味の言葉だった。
翡翠色の瞳から逃げるように思わず視線を下げた。

「そういうところは、幾つになっても変わらないんスね」

「え?」

「いや?手の大きい人が好きなんでしょ?」

「・・・どうして、」

はた、と彼女が手を止めて顔をあげると、男が口許を歪めて此方を見ていた。

「どうしても何も、アナタに聞いたんスよ。"お父様の手みたいでほっとする"ってね」

喜助は、さも"愉しくて仕方がない"とばかりにくつくつと喉奥で笑いを噛み殺している。

「そ、そんな話した覚えありません!」

「あれ?じゃあ違うの?」

「違わない、です、けど・・・」

しかし、全く記憶にない。
いつ彼にそんな話をしたのか。幼い頃の話をすると、彼はいつも幼子にするように自身を甘やかしてくるから、極力口にしないようにしているのに。
彼女が口を閉ざしたまま赤くなっているであろう頬を抑えていると「ほら、続きをドーゾ?」と差し出してきた。

「そうそう、いい忘れてたんスけど、」

「はい?」

「ボクも好きですよ、アナタの指」

「え、」

彼女が紐に指を掛けるよりも早く。
彼はぱっと紐を畳に落として、彼女の手を握り締めた。

「いつも寄り添ってくれるこの掌に感謝してます」

彼に囚われた指先が、その薄い唇に誘われる。
ぬるり、と生暖かいものが指先を這う動きに、背筋をぞわりと甘い痺れが走る。

「・・・ん、やっ、」

彼はそこでぱっと手を離すと、にたにたとこちらを見て嗤っている。
舐められた指をもう一方の掌で庇うようにして、胸元で両手を握り締めて喜助を睨む。おそらく意味はないのだけれど。

「顔真っ赤っスよ」

「もう!誰のせいですか!」

「アハハ、ごめんごめん!・・・でもさ、」

ーーーー感謝してるのは、本当だから。
柔らかくその翡翠の瞳を細めて、そんな事を口にするなんて。
なんて、狡い人だろう。

彼女は諦めたように、ひっそりと溜め息をついた。









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