火酒
ふらりと台所に顔を見せるなり、

『たまにはボクも作ってみようかな』

だなんて。

随分珍しいことを言い出すものだと思っていたら、何の事はない。
ただ、この男は口実が欲しかっただけなのだ。

ーーーーーーこの身に、触れる為の。

そもそも普段から口実などなくとも好き勝手に求めてくるというのに、こういう行事事にはしっかり乗り掛かるところは何故なのか。
ひっそりと漏らした呆れの吐息ごと、彼の唇に飲み込まれてしまう。
どうせ飲み込まれるのなら、この想いも届いてくれないものだろうか。

絡まる舌の熱で蕩けた焦げ茶色の菓子の甘さが口の中に広がり、それはすぐに蕩けてゆく。
一通り堪能したらしい薄い唇が、ちゅ、と音を立てて彼女のそれから離れていった。

「どう?美味しい?」

「美味しくない訳じゃないんですけど、」

「けど?」

「・・・これ、湯煎の温度、どのぐらいにして作りました?」

「ありゃ、やっぱりバレちゃいましたね」

折角のカカオの風味が飛んでしまっていて、味に深みがない。おそらく温度を高くし過ぎたのだろう。
そのことを指摘すれば、喜助は眉尻を下げて肩を竦めてみせた。

「こっちは上手くできたと思うんスけど」

食べてみてもらえます?と皿に乗せられたもう一欠片のチョコレートを持ち上げるなり、彼はそれを自身の口に放り込んで、離した唇をもう一度寄せる。
はたして訊く意味があったのかと、嘆息しつつも、彼女はまた瞼を閉じる。
ぴたりと合わされた唇から、ぬるりと生暖かいものと、溶け始めた塊が割り入ってくる。
その中からさらりとした液体が溢れだし、彼女は驚きに目を見開く。

ーーーー喉が、焼ける。

それは比喩ではなく、事実、酒によって粘膜が焼け爛れることを指し示す。
喉をじくじくと焼かれたことに、彼女は軽く咳き込みつつ、問い掛ける。

「・・・、ウォッカ、ですか」

「ご名答。ちなみに銘柄は?」

「さすがにそこまでは、」

「じゃあもう一個食べてみないといけませんねぇ」

距離を置こうにも、腰に回された男の腕がそれを許さない。
撫で擦る掌の動きに背筋がぞわりと粟立つ。

「もういらな・・・、んっ、ぅん、」

熱い。
ただただ、熱い。
与えられる酒精が、身体の芯を焼き尽くすかの如く、熱を帯びて溜まってゆく。

「・・・ぁっ、ん、」

「どう?分かりました?」

「・・・喜助さんは分かるんですか、こんな方法で」

「ごめんごめん。でも、アナタなら分かるかなぁと思って」

「もう、無茶言わないで」

ただでさえチョコレートに覆われて判りづらいと言うのに、口移しで与えられては味を探る余裕などあるわけがない。

「・・・もっと、欲しい?」

翡翠の瞳の中に、火照った頬の女が映り込んでいる。
彼女は睫毛を伏せて、ゆるく頭を振った。
僅かに離れたその唇で、言葉を紡ぐ。

「もう、十分です・・・それより、」

「それより?」

喜助は目を細めて首を傾げてみせた。
わざとらしいこと、この上ない。
そう思うものの、だからといって咎めることも出来ない。

抗いようのない熱は、既に彼女の中で燻り始めているのだから。


この身を焼くのは、果たしてーーーーー

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酒精よりもずっと熱く、この身を焼くものがあるのよ。
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