月を望む


「おや、月見酒ですか」

「えぇ。今夜は月がよく見えますし」

「誘ってくれたらいいのに」

「ふふ、そう言うと思って黙ってました」

「どういう意味っスか?」

「向こうにいた頃、よくこうして、一人で月見酒してたんです」

「ありゃ、そんな寂しいことしてたんスか?それこそ呼んでくれれば、」

「いいんです。喜助さん、忙しそうでしたし。それに月を見てると、貴方を思い出すから。だから寂しくなんてなかったんです」

「それはまた、随分と可愛いことしてくれてたんスね」

「ふふ。・・・それで、たまには昔を懐かしんでみようかと思って。今夜は丁度いい具合に満月ですし」

「ああ、まさしく中秋の名月ですねぇ」

「綺麗ですよね」

「ええ、本当に。・・・ねぇ、」

「はい、」

「・・・いや、ごめん。何でもない」

「ふふ」

「なに笑ってるの」

「いいですよ、無理に言わなくても」

「・・・え?」

「その答えを私が言いますから。」

「何を」

「『私、死んでもいいわ』」

「・・・本当に、アナタには敵わないな」

「でも、意外ですよね。お世辞とかは得意なのに、ちゃんと気持ちを伝えるのが苦手だなんて」

「んー、取り繕ったり、隠れて何かやらかすのが得意でさ。それでかな。・・・嘘ばっかり得意になっちゃったなぁ」

「嘘、ですか」

「うん。誤魔化して欺いて、そんなのばっかりだ。自分の気持ちに真っ直ぐ、なんて柄じゃないし、口にする必要もなかったし」

「それで、苦手なんですか?」

「・・・かもね」

「辛くは、なかったんですか?」

「そんな風に考えたこともないよ」

「そう、ですか」

「うん。・・・まぁ、そんなボクにも、丁度いいのかもね」

「なにがですか?」

「『月が綺麗ですね』」

「・・・、なんで、それを」

「本当に、綺麗で仕方ない。あんなに遠くにあるものなのに、欲しくて欲しくて堪らなくなったんだ」

「・・・あの、お酒用意して来ますから、その話はまた今度、」

「甘いなぁ。ここで逃がすと思った?」

「・・・あの、程々にして」

「遠慮なんかしなくていいですよ。ああ、でも、アナタは言われるのが苦手なんでしたっけねぇ?」

「分かってるなら、離してください・・・!」

「言ったでしょ?やられっぱなしは性に合わないって」

「ごめんなさい、私が言い過ぎましたから、」

「愛してるよ」

「・・・っ、」

「他の生き物全てが霞むぐらいに綺麗だ。何よりも愛しい。ずっと手元に置きたい。見た目の話だけじゃない。アナタの心に惚れてるんだ」

「・・・急に、そんなこと、」

「どうしたんスか?顔真っ赤にしちゃって。もしかして酔ってるんスか?」

「もう!からかわないでっ!」

「アハハ。本当、可愛い人だ」

「喜助さんっ!!」
「さっきの話だけど、」

「はい?」

「もう既に同じようなことを、アナタから言われてるんですよねぇ」

「同じようなこと?」

「『私、死んでもいいわ』」

「・・・私、そんなこと言いましたっけ?」

「言いましたよ。『どうか、貴方の手で、私のすべてを終わらせてください』」

「・・・・・・あ、」

「アナタのことは大抵記憶してますけど、中でもこの言葉だけは、一言一句違えず記憶してますよ。・・・まさか忘れた訳じゃありませんよね?」

「それは有り得ませんけど、でも、・・・うん、そうですよね。きっと同じ気持ちだったんじゃないかしら」

「今、命を終わらせても構わない程に想っている。危うさを伴う程の激情でもってそれを示せるとでも言うんでしょうかね」

「・・・もしかして、まだ怒ってます?」

「当たり前でしょう!?言われた方の身にもなってみて下さいよ。まったく、アナタって人は」

「ええっと、喜助さん、ごめんなさい。もう許して下さい。ね?」

「許す許さない以前の問題ですよ、あれは。・・・いつだって、そういうことはアナタに先に言われてるんだよね、ボクは」

「どういうこと?」

「だから、愛してるってことを」

「そう、かしら・・・」

「そうだよ。最初だって、恋慕うだの、大事な人だの、そういうことをぜーんぶ先に言われちゃってさ」

「・・・そういえば、そうでしたね」

「はあ。どうやったってさ、ボクはアナタに勝てないんだ。もう最初から負け戦に挑んでるようなもんだし」

「そんなに気にしなくても、」

「気にするよ。ボクの立つ瀬がないじゃない」

「そう?」

「うん。だからね、たまにはアナタに勝っておかないと不公平だと思いません?」

「不公平って・・・そもそも愛情の深さに勝ち負けなんてないでしょう?」

「いや、あるよ」

「ありません」

「ある!」

「ありません!」

「・・・・・・っく」

「・・・・・・ふふ、」

「あはは!あーあ、こんなくだらないことで張り合える相手なんていないよ」

「もう。だから、そもそも、張り合う必要がないって言ってるのに」

「まぁ、そうなんだけどさ。・・・でも、」

「でも?」

「こんな些細なことでさえ、アナタが居てくれて良かったって、素直に思えるんだ」

「喜助さん、」

「これも愛ってことでいいかな」

「そうですね。ねぇ、喜助さん」

「ん?」

「『月が綺麗ですね』」

「うん、そうだね」


ーーー『愛してる』ーーー
それを伝える手段を僕らはいくつも持っていて、
けれど、それをどう使えばいいのか、
いつも模索しているんだ







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