蒲公英
※モブ視点※




あれはオレが異動してすぐの頃だった。
局所の扉を開けたときに事件は起きたんだ。

「きゃっ、」

「おわ、」

まさか開けた扉のすぐ向こうに人がいると思わなくて、思いきりぶつかっちまったんだ。

高い声で相手が女性だと分かってたから、極力優しい声で「大丈夫ですか、」って手を差し伸べたんだ。

「有難うございます」

その女性は顔をあげて、微笑んでくれたんだ。
明るい茶髪に、薄い茶色の眼がキラキラしててさ。

ふわり、って。
音が聴こえた気がしたんだ。
花が舞うような、柔らかい音が。

そのときにオレは思ったんだ。
ああ、オレの人生に春が来たんだ、と。

おい、聞けって!何で笑ってんだよ!!
え?ああ、おかわり?いるいる、焼酎でいいって。


それでな、オレはこう言ったんだ。

「すいません、オレのせいで、書類が」

「いえ、平気です。それより浦原局長は局長室にいらっしゃいますか?」

「局長ですか?ええ、まだ局長室に」

「そうですか。教えて下さって有難うございます」

また彼女はふわりと笑って、軽く会釈してからすたすたと局長室に入っていったんだ。

今までも何人もの女と付き合ってきたけどさ、初めて本物の美人てヤツを拝んだね!今までのオンナは何だったんだってぐらいに。
それで、オレは彼女をモノにしたくてまずは情報収集と思ったわけだ。

正直声を掛けたくはなかったが、背に腹は代えられねえ!と側にいた阿近先輩に聞いてみたんだ。
ああ、阿近先輩ってのは、小さいガキみたいな見た目だけど、頭がスゲー切れるヤツ。チビだけどな。

「阿近先輩!今の見ました!?スッゲー美人!!」

「お前、あの人が誰か知らないのか」

「え?そんな有名なんすか?もしかしてミス死神とか!?」

テンションのあがるオレとは反対に、先輩は面倒くさそうに溜め息ついてさ、そんなオレに答えてくれたのは、大変人先輩だ。ああ、ソイツだよ。お前らも見たことあるだろ?あの人、絶対なんか変な薬キメてるよな!?
まあ、そんな話はいいか。

「浦原喜助の唯一の"弱点"ダヨ」

聞こえてきた科白にオレは思わず固まったね。
唯一の弱点?
局長といえば、確かに仕事は出来るのかもしれないが、朝は平気で重役出勤するほどだらしなくて、副隊長にいつも蹴り飛ばされているイメージで弱点なんて探せばいくらでも出てきそうな人だったから、思わず聞き返してしまった。

「どういうことですか」

「少しは自分の頭を使ったらどうカネ?まったく、これだから凡人は嫌なんだヨ」

ぶつぶつ文句を言い続ける変人の代わりにチビ先輩
が言うんだ。

「あの人、浦原局長の"オンナ"だよ」

「な、え!アレが噂の!!?」

新人が配属される度に、メガホンで『手を出したら生きて帰さない』と叫んでいるという話は知ってたさ。
ただ、その『跡 風華』が彼女だと、その日初めて知ったんだ。

でもな。お前ら。勝ち目がなくとも、男なら戦いにいかなきゃならねぇこともあるんだ。
分かるだろ?お!お前分かるか、よし!もっと呑め!いいぞ!!

それでな、オレは引くに引けなかった。
彼女はどストライクだったんだ。
色白で、凛とした雰囲気のある美人でさ、なのに、ほわんって笑うんだぜ。スゲー可愛いの。
胸辺りまで伸ばした髪に、薄化粧もポイント高かったな。で、しかも、抑えてるようだったが、服の上からでも分かる程の巨乳具合!思わず顔を埋めたくなっちまう!!

だから引くに引けず、こう言ったんだ。

「阿近先輩、男には玉砕覚悟でもいかなきゃなんねぇときがあるって思いませんか」

「・・・骨は拾ってやる」

チビ先輩はいつものしかめ面をもっと険しくしてたっけな。
そういや後ろで大変人が「死ぬ前に、上下どちらかの半身を検体として捧げたまえ!」って追ってきて怖かった。今思い出しても身震いするぜ。

それで?
ああ、それでな、逃げ切ったオレは局長室の入り口に隠れて彼女を待っていた。
局長と別れたら、帰るだけだろうから、そこを捕まえて夕飯にでも誘おうと思ってな。
なに、大抵食事に誘って連れ込んじまえば、あとはなんとかなるもんさ。

待ち伏せすること二時間。
正直、遅すぎると思って、そっと、耳をそばだててみた。だが、何も聴こえなかった。
まあそうだよな。
ただ時間が長かったことと、しばらくして出てきた彼女の顔が紅潮していたから、局長!?まさかアンタ!!と探る前にまずは彼女を追い掛けた。

偶然を装って帰り際の彼女に声を掛ける。
女ってのは偶然に弱いもんさ。

「あ、また会いましたね」

「ああ、先程の。よくお会いしますね」

そう言ってまたふわりと笑ってくれる訳だ。
なんつーの?ほわん、て感じ。そうそう、癒し系てヤツ。
ますますオレは彼女の虜さ!

結構な量の書類をもって歩く彼女に、これ幸いとさっきぶつかっちまったからとか言って代わりに持ってやったんだ。
しかもどう見ても行きより書類が増えている。

「そんな、いいです」

「いえいえ、こういうのは、男に任せて下さい」

「すみません、優しいんですね」

はにかむような顔で笑う彼女に、オレのハートは打ち砕かれたね!しかもこの笑顔だ。彼女も警戒していない。
浦原局長、悪いな!オレも男だ!

そう思って猛烈にアピールしようとして、彼女を見たらさ、あったんだよ。
彼女の白い首筋に、くっきりと赤い痕が。

「跡さん、」

「はい?」

どうして名前を?と彼女が不思議そうにしてたんだけど、そんなことはどうでもよくて。
野暮だとは思ったんだけど、思わず突っ込んじまった。嫉妬だよな、この人はオレのモノじゃない、誰かのモノだって思ったら、ついな。

「いや、首筋腫れてますよ?虫にでも刺されたんですか?」

「え、やだ・・・、どこですか?」

「ちょうど、この辺り」

オレは自分の首の辺りをとんとん、と指で指し示した。彼女が少し襟元を広げて見ようとしたから、鎖骨とそれから胸元の晒と谷間が見えてさ。ついでに
その晒で隠れそうで隠れないギリギリのところにも赤い痕が見えた。
何人も女を抱いてきたオレには分かる。
これはチャンスだ、と。
幸い夕刻で人通りもなかったから、連れ込むにはちょうどいい。押しに弱そうだし、このままなし崩しでもっていけば・・・

だが、そうは問屋が卸さなかった。

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