一輪の花束

「これだけはいくら喜助さんのお願いでも無理です!」

ーーー驚いた。

顔を熟れた林檎以上に真っ赤に染めて、ついでに目元には涙さえ滲ませているのに、彼女はそれでも強く突っぱねてみせた。

喜助は目を丸くして、それから込み上げてきた笑いを噛み殺してから、情けない顔を作って風華にねだる。

「えー」

「そんな顔されても駄目です!」

「風華サンのケチー」

「なんと言おうと駄目なものは駄目です!」

結んだ手はそのままに、乗り出していた体を元に戻して拗ねた振りをしてみても、一向に絆されてくれない。
それどころか、今も変わらず涙を浮かべていて、さすがにこれ以上迫るのも考えものだ。
無理強いをしたい訳ではない。
あくまで戯れであって、風華に嫌われたい訳ではないのだ。断じて。


「そんなに隠されると気になるんスけどねぇ」

「何も悪いことなんて書いてないですよ!ただ、ちょっと、見られたくないことが」

「悪いことじゃないのに、見られたくないの?」

「ごめんなさい、」

咎めるような言い方に聞こえたのか、彼女は萎れた花のように項垂れる。

「嫌なら無理に見ないから。だから、ほら、謝らないで」

「はい、」

そうは言ってみたものの、本当に何を書いているのだろうか。
正直なところ気になって仕方がないが、ここまで拒絶されるのも本当に珍しい。
嫌がっていてもいつも「本当に仕様のない人!」と怒ったような、拗ねたような顔をしてから喜助のすることに付き合ってくれるというのに。

ただ、今回のは嫌がっている、というより、照れの類いのようなので、おそらく日記か何かだろう。
彼女が日記を書いていたとは知らなかったが、別におかしい話ではない。そもそも席次のある者は皆、業務日誌を書かされているのが普通である。
仕事で書いているのに、何もそれ以外で書かずともいい気もするが、それとこれとは別らしい。隊員達の中でもそういった話はあるようだ。
ただ、やはり個人の物だから、周りに見せるものではない。誰だって日記を他人に読まれたくはないだろう。

しかし、気になったものを放置しておくという訳にもいかない。
なにせこれでも研究者の端くれである。
自身の知らない風華がいるなんて考えられない。
すべてを知り尽くしたい。
だが、今これ以上詰め寄っても徒労に終わりそうだ。


それならば。

せめて違う探求心を満たしておくべきだ。
喜助は再び顔をあげて、笑った。
それはもう、見事なまでに両の口端を吊り上げて。


頑なに首を振って、視線さえ合わせてくれようとしない風華の態度が今は好都合だ。

絡めたままにしていた彼女の白くたおやかな手をつっと持ち上げる。
水仕事もしているというのに、お手製の軟膏のお陰か荒れている様子はない。
わざわざ卯の花に相談役になってもらった甲斐がある。どこから聞き付けたのか「お主がそこまでするとはのう」と親友に大いに笑われてしまったのは余計だったが。
乾燥が厳しくなってきた時期ではあるが、それでも指先にささくれ一つ見当たらない。


「喜助さん?」

訝しげに首を傾ぐ彼女を横目に、人指し指を口に咥えて、唾液をたっぷりと絡めるように舌でなぶる。

「や、何して、」

身を引こうとする風華に合わせて、一旦指を開放してやるが、手首はまだ捕らえたままだ。

「喜助さん、離して・・・」

抵抗とは思えないほど、風華の声は弱々しい。
これは本当に嫌がっている訳ではないときだ。
よく『いやよ、いやよ、も好きのうち』だなどと謂われるが、彼女の場合も当てはまるようで、羞恥が上回るとこうなるらしい。

舌を出して、見せ付けるようにして、ねっとりと一本、また一本と丹念に嘗める。
横目に彼女を見やれば、潤んだ瞳と視線がぶつかった。目元だけで笑ってみせて、薬指から小指に舌を滑らせるときに、薬指を軽く噛んだ。

「っぁ、」

小さく声を漏らす風華の様子に、薄く笑って、指の合間にも舌を滑らせて、指の腹にちゅうと吸い付く。




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