流星の導き
風華がついた頃には事後処理の段階で、特別救護班が必要な様子もなかった。
現場にいると聞いていたリサを見付けて、声を掛けると、彼女は風華を見るなり苦い顔をした。「なんや、あのオッサン。柄にもなく心配し過ぎやで」とぶつぶつ言いながらも状況説明をしてくれた。
どうやら、戦闘に慣れていなかった新人が鬼道に失敗し、前線を援護するどころか、巻き込んでしまったらしい。
だが、それも、本当に大したことはなかったようで、治療するにも鬼道で事足りたという。
だからこそ、救護要請も出さずにいたのだそうだ。
「ほんま、情けない新人どもやで」
「まあ、そう言わずに」
「せやけど、楽しみ奪われたら愚痴の一つや二つ言いたなるわ!」
御下げを揺らし、眼鏡の奥の眼をかっと見開いて抗議するリサを宥める。
「そうね」
彼女の楽しみが何であったかを聞いてはいけない。
おそらく、いや十中八九、男性が悦ぶ書籍のはずだから。
「ほらほら、四番隊まで出てきてんから、動けるもんからさっさと帰り!」
手を叩きながら、怪我の有無に関わらず、負傷者もろとも追い立てるリサの後を追うように、風華も踵を返そうとした。
が。
だが、風華は確かに空しく鳴り響く腹の虫の音が聞こえた気がした。
耳を済ましても聴こえない。
空耳かと思った矢先。
ぐう。
やはり空耳などではない。
辺りを見渡すと、少し離れた岩陰に金髪の少女が一人。
風華は微笑って彼女に近付いて、しゃがみこんだ。
目線を合わせた風華を警戒しているのか、少女は一歩後ずさる。
怖がらせたい訳ではない。
出来る限り優しい声音で問い掛ける。
「もしかして、お腹、すいてるの?」
「え、」
少女は狼狽えている。
しかし、それだけで十分だった。
狼狽えるということは、腹が減るということを肯定していると言えるのだから。
周りには何もなく、少女もみすぼらしい格好をしていた。
おそらく身寄りがないのだろう。特別珍しいことなはない。
しかし、この世界で、腹が減るということが問題なのだ。
「ちょっと待ってね、たしか・・・あ、あったあった」
治療薬を詰めた袋の中から、風華は砂糖菓子を取り出す。先日喜助にもらったものだ。懐にいれていたのだが、移動中に落としては困ると、こちらにしまっていたのだ。
食品なのだから、早く食べた方がいいのだが、勿体無くて一欠片ずつ食べていたのだ。
本当ならすべて風華が食べるべきだ。
それは理解している。誰あろう、他ならぬ喜助からもらったのだ。
けれど、目の前の少女に渡さずにはいられなかった。
「あんまりお腹の足しにはならないかも知れないけど、これ、あげるわ」
「何これ」
少女はまだ警戒しているようで差し出された手を見詰めるだけだ。
「金平糖っていう、砂糖でできた甘いお菓子よ」
「固そう・・・」
「そうね、少し固いかも。でも美味しいわよ」
「・・・とげがあるのに?」
「でも、お星様みたいで可愛いでしょ」
「星?」
さも子ども騙しだ、と言わんばかりの胡散臭げな視線を向けられても、風華は笑みを崩さなかった。
「そう」
「ふーん」
しげしげと眺めていたが、やがてその手に握り締めてたどたどしい礼を述べた。
「あり、がと、」
「そうそう。笑っていた方が素敵よ」
「そう、かな」
泥だらけの格好で剥き出しの手足も煤けている。
だが、鮮やかな金の髪をすいてやって、綺麗な着物を着せてやれば、十分だろう。
それに目元の泣き黒子も艶があり、その辺の男なら手玉にとれてしまうほどの美人になるのではないだろうか。
将来が楽しみな娘である。
腹が減るということは、多少なりとも、霊力があるということだ。
「あの、名前、教えて」
「私は風華。跡風華よ」
「風華、さん」
「そう。貴女が、いつか死神になったらまた会いましょう」
「死神・・・」
少女は何かしら考えているようだった。
誰かからすでにその道を薦められていたのだろうか。
「それって、すぐ?」
「どうかしら。貴女の頑張り次第かもね」
風華の曖昧な返答でも、少女の決意を固くするには充分だったようで、「わたし、やるよ」と破顔した。
その意気よ、と笑い返したところで、「風華ー!どこやー!?帰るでー!」とリサが探している声が聴こえてきたので、立ち上がる。
「ごめんね、もう行かなきゃ」
「あ、風華さん!」
「なに?」
「これ、友達にも少しあげていい?」
「勿論よ」
「ありがと」
大事そうに金平糖の包をぎゅっと握り締めてから、少女は岩陰の先の竹藪に消えていった。
その背を見送ってから、もう一度辺りを見渡す。
もう何もないようだ。
「リサ、」
「風華!アンタ勝手にどこ行くねん。見失ったりしたら、ウチが卯の花隊長にどやされるやん」
「ごめんなさい。何でもないの」
こめかみを押さえるリサに謝罪して、風華も詰所に引き上げた。
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