流星の導き

資料室で本の山に囲まれた風華を発見するなり、喜助は嬉しそうに声を掛けてきた。

「こんなところに居たんスか」

「あら、浦原隊長。こんにちは」

風華は顔を上げて、にこりと微笑む。他所行きの顔で。
それを認めるなり喜助は顔をしかめる。


「・・・風華サン、今ここに居るのは、ボクと、アナタだけですけど?」

「なりません、隊長。今は就業中です」


取り付く島もないほど、ばっさりと切って捨てると、また手元の資料に視線を戻す。
どうやら喜助がここに来たのは、仕事の話ではないらしいと察したからだ。


「ホント、真面目なんスから」

はぁ、と肩を落とす喜助を横目でちらりと一瞥しつつも、風華は手元の資料を捲る指先は止めない。
さっさと纏めてしまわなければ、また残業なのだ。

それに、残業になれば、ただでさえ多忙な喜助と過ごせる時間も減ってしまう。

変わり者が多い開発局の監視も兼ねてなのだろう、
『夜間は警戒しておいて損はない』、と彼は日中は隊と局を往き来し、夕方から夜に一旦休み、また深夜から朝方まで局に行っていることが殆どだ。
一体いつ休んでいるのか、と聞いたことがあるが、日中に何度か仮眠をとっているらしい。
「ほら、昼間はひよ里サンがなんとかしてくれるでしょ?」と笑っていた。それがひよ里の耳に入らないことを願うばかりである。彼女が聞いてしまおうものなら、間違いなくまた「今すぐ別れてまえ!こんな男!」と声を荒げて殴り込むように家にやってくるのは目に見えている。

だから、彼女は極力は時間内に仕事を片付けて、空いた時間なら、いつでも彼を迎え入れられるようにしておきたいのだ。


「仕事に真面目に取り組むことに、何か問題でもありますか?」

「いいえ、なーんにも」

だが、どうにも、彼にはこの努力が伝わっていないようだ。
またちゃんと話をしておく必要があるだろう。
先のことを考えると、頭が痛い。
とりあえず、今は目先の事をどうにかせねば、と風華は軽く頭を振る。

「それで、私に何かご用でしょうか?隊長自らいらっしゃるなんて」

「ああ、そうそう。これを渡しに来たんスよ」


何時の間にやら、彼は風華の横に平積みされていた本の山から数冊の本を選び出して読み耽っていた。

そう言って、喜助は薄茶色の小さな紙袋を差し出した。
風華は資料から視線を離して傍らに立つ喜助を見上げる。ただでさえ、長身の喜助をいつも見上げなければならないのに、座って資料を眺めていたから、首をかなり後ろに倒さなければならなかった。
掌を向けると、紙袋がすとんと落ちてきた。
受け取ってみると、少し重みがある。


「・・・これは?」

「先日、現世に行ったときのお土産っスよ」


視線で開けるよう促されて、開いてみる。
そこには小さな小さな星屑が詰まっていた。

「可愛い、」

淡い桃、黄、空。
指先に納まるほどの色とりどりの砂糖菓子が愛らしい。
金平糖なんて、久しく目にしていなかった。


「風華サン、そういうの好きかな、と思って」

「あ、有り難うございます」


袋の中で小さな星屑がきらきらと光っているように見えた。

そういえば、昔、父もよく現世の土産だと称して買い与えてくれていた。

鋭くはないが小さな刺があり、固められた砂糖菓子は幼い彼女には少し固すぎたらしく、がりっと音を立てて噛み砕いたときに、一緒に乳歯まで折れてしまって大騒ぎをしたことがあった。

騒ぎに気付いた父と母が何事か、とやってきて、風華の掌に乗せられた白い欠片を覗きこんでそれから二人は顔を見合わせて吹き出すように笑いだした。
半分涙を浮かべたまま、風華はなぜ両親が突然笑いだしたのかわからないままに、まず父に、その後母にぎゅっと抱き締められた。
そうして、母は『それは貴女が少しずつ大人になってる証。だから泣かなくていいのよ』と言ってくれた。

ただし話はここで終わりではなく、そこで『金平糖を食べると大人になれるのだ』と勘違いしてしまった風華は、その後数ヶ月やたらと金平糖をねだるようになり、父と母を困らせたのだった。


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