情欲の花散らし

指先が悴み、吐く息は白い。
本格的な冬の到来。

庭の木々も寒々しく肌を晒している。
朽ちた葉がかさかさと乾いた音を立てて、風に飛ばされていき、世界が、少しずつ色を無くしていく。 
太陽は早々に姿を消し、長い長い夜が訪れる。


しんと冷える寒さのせいか、それとも、夜が長いせいか。
人恋しさを覚えてしまうのは、何も彼女だけではないだろう。
いつもなら、その寂しさを紛らわせるために、呑みに出掛けてみたり、無理に床についてみたりして、早く朝がくればいいのに、と願うのだが。



自身とは違う温かな体温に抱かれていると、朝が来なければいい、と思う。
現金なものだ。
けれど、風華の人生の中で嘗てないほどに満ち足りていたのだ。


もう何もいらないと。
いっそ、このまま二人、世界から切り離されてもいいぐらい。

きっと、そんなこと、彼は望まないけれど。
それぐらい、喜助の存在は彼女の中で大きくなっていた。


夜と朝の間、それは一番冷える時間帯で、底冷えする冷気に彼女は目を覚ました。そうして、目の前で穏やかな寝息を立ててゆっくりと上下する胸板に頬を刷り寄せる。


綺麗な人だ、と思う。

月明かりのような色素の薄い髪は夜の帳の中でも、淡く光っているように見える。
いつも浮かべているだらしない愛想笑いは成りを潜めて、端正な顔立ちをより際立たせる。
さらけ出された胸板は、一見すると、薄く華奢に見えるが、その実、厚く筋肉質で、ちょっとやそっとのことでは押し返せない。
肩に置かれた腕もそうだ。彼女が思っていた以上にがっしりとしていて、男の人なのだ、と改めて思い知らされた。


筋肉の筋をなぞるようにして、そっと指を這わせる。
数回往復させたところで、体が震えていることに気づいた。


「・・・起こしちゃいました?」


聞こえるかどうか分からないほどの小声だったが、まだ夜も空けきらず、生物のほとんどが寝入っているような頃で、尚且つ密着している為それでも十分鼓膜に届いたようだ。

くつくつと喉の奥で笑ってから、喜助は瞼を開いた。


「風華があんまり可愛いことしてくれるから、ね」

「もう。またそういうことを」

「だって、そうでしょ?」

「まだ寝てていいですよ?昨夜も遅かったんでしょう?」


研究室に閉じ籠って出てこないのは今に始まったことではないらしい。
よく親友が嘆いている。こんな上司も大変だろうなと、どこか他人事として聞いてしまっている。


「まあね。でも、折角アナタが甘えてくれてるから、もう少し甘やかせたい」

「ん、冷たい」

するりと背中から腰をなぞられて、体が跳ねる。
布団から出ていた彼の腕は外気のせいですっかり冷たくなっていて、身を固くしてしまう。

「ごめんごめん、冷たかった?」


言葉の割りにはあまり謝罪が感じられない軽い調子で告げられる。
が、別に彼女も気にはしていない。

「平気です。浦原さんこそ、寒くないですか?」

「そうっスね。ちょっと寒いかな」

「でしたら、もう少しこっちに」

「大丈夫、風華サンに温めてもらうから」


どうやって、と聞く暇はなかった。

彼はがばりと体を起こすなり、首筋に吸い付いてきた。


「ひゃっ、やめっ」

首筋から胸元にかけて何度か場所を変えて強く吸い付かれる。
間違いなく痕が残っているだろう。


「浦原さん、待って、ん!」


角度を変えて啄むように、肌を味わうようにして情欲の花を散らしてゆく。
それに無駄だと分かっていても抵抗してしまう。
抵抗を抑えるためにか、彼の唇に唇を塞がれ舌を取られる。
数時間前に分けあった熱を再び与えあうように絡め取られれば、それだけで体の芯が疼く。

どろりと、蜜が溢れたのを感じた。

「ぁ、はぁっ!」

「温かいっスねぇ」

見計らったかのように、慣らすことなくいきなり貫かれて、息が詰まる。
いつもなら、風華の中を嫌と言うほど乱してからされるのに。
それでも既に愛液を溢れさせている彼女の中は、なんなく彼を受け入れ、離すまいと収縮を繰り返す。

「あっ、だめ!はぁっ、あぁ!」

「何がダメなんスか、こんなにして」

膝裏を捕まれて左右に足を開かれる。
喜助が突き刺すようにして深く腰を沈める度に乾いた肌と肌がぶつかる音と、ぐちゅぐちゅと卑猥な音が響き渡る。

足を掴んでいた手は、気付けば自身の手を掴み、指と指が絡み合う。

離さない、離したくないというように強く掴む。
快楽にのまれる感覚に抗おうとして、力が入り、握り返した彼の手の甲を爪先が抉る。


何度繰り返されただろうか、既に酸素は足りず、朦朧と霞始めた意識の端で、彼が薄く笑ったのが分かる。

「風華、もう、いい?」

「あ、はっ、んん、」

返事をしようとしても喘ぎ声しか音にならず、首を縦に振って伝えると、腰の動きが早くなった。
一心に腰を穿たれる。頭の中が真っ白になり、痙攣する。
その一拍後に、どくりと中に熱いものを感じる。
脱力して、肩で息を整える。彼も同じように荒い息を繰り返している。
そっと、頭を撫でられて、笑い返したつもりだったのだが、猛烈な眠気に抗えず、そのまま風華は眠りについた。




薄らと空に光が差して、山吹色の陰を作る。
障子の此方側にも明かりが差し込み、小鳥の囀りが賑やかになってきた。

一体どのぐらい眠ってしまったのだろうか。
おそらくそれほどの時間は経っていないはずだが。
だが、まだ事後の余韻に抱かれて、うつらうつらと夢と現実の狭間で揺れていた風華は、一瞬喜助の言葉を完璧に捉えることができなかった。

「温泉、行きましょうか?」

「え?」

「だから、寒くなってきたし、温泉行きましょ?」


聞き返したことに気を悪く様子はなく、気だるげに視線をあげた風華と目を合わせて、彼はもう一度繰り返した。

「いいんですか」

「勿論っスよ、良いところ知ってるんで」

「嬉しいです」

風華はこのとき、二人で出掛けられるのだ、と素直に喜んでいた。

そもそも何処かの誰かのせいで寝不足続きで。
今また貴重な睡眠時間の半分を削られていた為、そこまで思考回路が働いていなかったのだ。

きっと普段の彼女なら気付いていただろう。
喜助の目元がだらしなく垂れ下がっていたことに。
そして、彼の言う『良い』は大抵彼女にとっての『良い』にはならないことだと。



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