初雪草

「ちわーっす」

蝉が五月蝿いぐらい鳴き喚いていて、正直外にも出たくない。
が、呼び出されたら行かないワケにもいかねぇだろ?
そんなわけで俺は今、額に浮かぶ汗を拭いながら浦原商店の前に立っていた。

「あら、一護くん。いらっしゃい」

からり、と引き戸を引いて出てきたのは風華さん。
「暑かったでしょう?」とふわりと微笑んで、俺を中へ招き入れる。この人の笑顔って癒されるんだよなぁ、と考えつつお言葉に甘えて居間に上がる。
綺麗な人だ、と思う。家の壁に、でかでかと貼られた遺影を見て、お袋が美人だったことは知っている。だからってワケじゃないが、美人には見慣れてるはずの俺からしてもこの人も相当な美人だと感じる。コンのヤツが毎回騒いでるのもまあ分かる。
髪型こそ違うが、薄い茶色の髪と瞳の色は井上にも似ていて、「井上もいつかあんな風になるのか」みたいな話をしたら、井上は顔を真っ赤にしていて、チャドと石田は何かスゲー言いたそうにしてたっけな。なんだったんだろう、あれは。

「麦茶でいいかしら?」

「あ、はい」

この人と話をするときは妙に構えてしまう。
歳上だとかそんなことではなくて、"おっとりとした品のある女性"というタイプが今まで知り合いに居なかったからだと思う。未だに距離感が掴めやしない。知り合いの歳上の女性なんて、担任や、あとはルキアや夜一さんになるからな。

「ごめんなさいね、あの人、まだ寝てるみたいで」

風華さんは申し訳なさそうに眉を寄せて、首を傾げた。頬に片手をあてて「困った人だわ」と溜め息をついていた。
そんなことだろうと思っていた俺は適当に愛想笑いを浮かべた。浦原さんはそういう人だ。親父がよく"喰えないヤツ"と呼んでいて、俺もそれには同意見だ。

「なぁ、風華さん」

「なぁに?」

まだしばらく待ち惚けを食らうらしい俺は、ふと前々から気になっていたことを聞いてみることにした。

「浦原さんの斬魄刀って、普段はあの杖だろ?」

「ええ。そうよ」

よく冷えた麦茶と、ついでに水羊羹まで用意してくれた風華さんに手を合わせる。旨い。思わず旨い、と呟いた俺に、風華さんは「鉄裁さんが作ったのよ」と微笑む。途端に喉の通りが悪くなったような気がするのは何故だろうか。

「風華さんの斬魄刀て、普段はどこにあるんだ?」

「私の?ふふ、私のはこれよ」

風華さんは数回瞬きしてから、しゃらしゃらと鈴の音がする簪を掲げてみせた。

「簪?」

「そう。これが私の斬魄刀。君影っていうの」

「どんな刀なんだ?技は?」

別に斬魄刀マニアじゃないが、この人が刀を構えてるのを見たことがなくて不思議に思っていた。だから、どんな刀なのか。どんな特性なのか、ただの興味本意だったんだ。

「白い刀よ。見たいの?」

「ああ。もし良ければ」

刀に興味を持たれたことに意外そうにしていたから、ダメなのかと思いきや、風華さんは立ち上がってあっさりとその簪を構えてみせた。

「謳え、君影」

白く目映く光ったかと思えばそれは瞬時に刀の形を為していた。おそらく一秒もなかったんだろう。
俺がそれに触れようと腰を浮かせかけたときだった。

「彼女に何をした」

冷えたその声に俺は動きを止めた。
気付けば喉元に切っ先が突き付けられていて、生唾をごくりと呑み込んだ。

「浦原、さん」

「答えろ」

切っ先の先にある視線は、俺が知っているどの視線よりも厳しく冷たいものだった。
何時の間に居間にやってきたのか、浦原さんは、左腕を風華さんの腰に手を回して、右腕は俺の喉元へぴたりと向けていた。

「喜助さん、違うの」

「アナタには訊いてない」

説明しようとしてくれた風華さんの言葉をぴしゃりと打ち切って、浦原さんはずっと俺を睨んでいる。
何をどう説明したら誤解が解けるのだろう。冷や汗が背中を伝っていく。
俺は、もう一度唾を呑み込んで、ダメ元で口を開く前に、風華さんが突然体を反転させた。
そのまま彼女は腕を伸ばして浦原さんの首にしがみついて顔を寄せて・・・、俺は慌ててそこで目を離した。いやいや、見てられるワケないだろ!?健全な男子高校生を前に、何してんだ、この人らは!!目を離したものの、なんか生々しい音が聴こえてくる。耳を塞ぐべきか。けど、今大っぴらに動いていい状況じゃない。どうすれば。
そんな俺の心配を他所に、浦原さんは風華さんのそれに毒気を抜かれたらしい。

「風華、」

「ちゃんと聞いて、喜助さん。一護くんは、ただ私の斬魄刀がどんなものか見てみたいって言ってくれただけ。貴方が思っているようなことは何もないわ」

「・・・そう、なんですか」

「そうよ。だから、刀を下ろして」

風華さんが、手を重ねると、浦原さんは漸く刀を下ろしてくれた。
俺も盛大に息を吐き出す。たぶん最初の修行が効いてるんだろうな。この人は何をしでかすか本気でわかんねぇから未だに末恐ろしい。

「お茶淹れてきますから」と居間を後にした風華さんを目で見送ってから、浦原さんは腰を下ろすなり頭を下げた。

「スイマセン。どうもアタシは、風華のことになると見境がなくなるらしい」

「いいって。それだけ浦原さんが、・・・その、」

脳裏に浮かぶのは親父の顔。
正しくは、親父がお袋を見ていたときの顔。

「ハイ?なんスか?」

「だから、その・・・愛してるってことだろ!?」

畜生。高校生になんてこと言わせやがる。自分でも顔が熱いのが分かる。くそ。

「くくっ、・・・そこで赤くなってるようじゃあ、まだまだ青いっスねぇ。黒崎サンは」

「だあーッ!!んなこたァどーだっていいんだよ!それより、今日は何しに呼んだよ!!」

卓袱台に両手を叩き付けて身を乗り出した俺に、浦原さんはいつものようにふざけた調子で扇子を広げる。

「おっと、そうでした。いやぁ、忘れるところでしたよ〜」

「嘘つけ!」

この日、俺は、浦原さんに、ーーーいや、風華さんに気を付けないといけないんだということを学んだ。
風華さんが絡んでいるときは、あの浦原さんに冗談が通じないんだ、ってことを。

こういうの、なんつーんだっけ。担任がなんか言ってたな。
ああ、そうそう。
"好奇心は猫を殺す"だ。
なんでも首を突っ込めばいいってもんじゃねェんだな・・・。


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初雪草:好奇心
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