百年の恋の唄

新しい仲間が増えてからの商店はそれはそれは賑やかな毎日だった。

威勢のよい男の子、というのが良かったのかもしれない。
庭先でバットを振り回す少年を見て他の子どもたちもよく集うようになったから。
物静かな雨に対しては、よく暗いだの何だのと絡んでいるが、絡むのはジン太なりに気に掛けている証拠なのだろう。

その日、喜助とテッサイは朝から出掛け、店に残っていたのは風華と子どもたちだけだった。
昼食後、風華は店番を兼ねて商品の陳列棚の並び替えをしていた。
およそ整理し終えたところで、ちらと店先に目をやると、掃除を命じられたジン太が早々に飽きたのだろう、箒をバット代わりに振り回し、遂に雨をその箒を掲げたまま追いかけ始めたところだった。
気に掛けてくれるのは大いに結構なのだが、もう少し穏便に済ませてほしい。
苦笑しつつも、たしなめる為に風華が雪駄に足を滑らせたときだ。

「そーだ、風華姉!」

持っていた箒を雨に押し付けるなり、少年はこちらに駆け寄ってきた。

「なぁに?」

「にーちゃん、じゃなかった店長に言っとけよ!」

「何を?」

なかなか彼を「店長」と呼び慣れないらしいが、それでもちゃんと訂正するところはテッサイの教育の賜物か。彼には不得手とするものがないのだろうか。感心しつつも、風華は少し背を屈めて彼と視線を合わせた。

「いくら緊急事態でも、オレみたいなこどもの前でいきなりチューなんかすんなって!」

「...えっと、」

予想外すぎる発言に風華は返す言葉を失って、開けた唇をまた閉じる。
ここ一ヶ月の行動を思い返してみても、家の中で、或いは外で喜助とそんなことをしでかした覚えはない。
であれば相手は風華の知らない人物なのか。死神だろうと人間であろうと、女客とみればふざけて絡んでいることは知っている。

ーーーまさか、浮気?あの人が?
ーーー違うわ。そんなはずないじゃない。
ーーー私が信じないでどうするのよ。

一瞬過りかけた要らぬ想像を脳裏から追い払う。
何があっても着いていくと決めたときに、彼を疑うことはしないと決めたのだ。
ぱちん、と突然両頬を叩いた風華にジン太と雨は目を丸くしている。

「ごめんね、ちょっとびっくりして」

吃驚したのはこっちだ、と言うジン太の言葉を笑顔で流して先を促す。

「ねぇジン太くん。それっていつの話なのかしら?」

「オレと風華姉が初めて会ったときだよ、あっちで」

「あっちで...って、あの、巨虚に襲われたときの?」

また随分と昔の話を持ち出されたものだ。
眼を丸くする風華に、彼は「そんな驚く話かよ?」と訝しんでいる。そうか。彼にとっては転生する間の空白の期間もあるのだし、あまり昔の話ではないのかもしれない。
隣では雨が何の話だろうかと、首を傾げている。その少女を膝の上に座らせてさらりと揺れる濡れ羽色の頭を撫でる。先程走り回っていたせいか、ところどころ跳ねてしまっている。

「それそれ。あん時店長が助けに来ただろ?」

「...ごめんなさい、私、あのとき意識がなくて、ほとんど覚えてないのよ」

「あー、そうか」

そう、あのときのことは記憶にないのだ。
だから、後から喜助や卯の花に言われた程度のことのあらまししか知らない。出来上がったばかりの薬を使って、喜助に助けられたのだと。当時の風華にとって何より重要だったのは、あの時に聞いた「紅姫」の名が微かに記憶に残っていて、そこから彼への慕情を自覚したことだ。それが切欠で今に至る。
後日喜助に聞いたこともあるのだが、なぜか『そのことはもういいじゃないっスか』とのらりくらりと躱されてしまっていた。

「ねぇ、ジン太くん。覚えている範囲でいいから、あの後どうなったのか教えてくれないかしら」

しかし、今。当時の状況を知る機会が訪れた。
これ幸いとばかりに風華はジン太に話をせがむ。
しかも彼の話しぶりから察するに、風華には全く記憶にないのだがどうやらその時に喜助と口づけを交わしているらしい。

「・・・え、なんでだよ」

「掃除サボってたこと、鉄裁さんには内緒にしててあげるから。ね?」

後で私がしておいてあげるわとにこりと微笑むと、少年はぐっと考えこんだ後に、「分かったよ」ととつとつと語り始めた。余程掃除が嫌なのだろう。

「・・・つまり、意識のなかった私に、液体の薬を口移しで飲ませたってこと?」

「そーゆーこと!」

多感な少年にせがむにはいくらか刺激が強い話のようで、何度か思い出話に脱線したり、小腹が空いたと菓子に手を伸ばしたりしながら、ようやく語られた全容。
膝の上で聞いていた少女にはいくらか美化されて聞こえたようで、雨は眼をきらきらさせて、「喜助さんと風華さん、素敵です・・・!」なんて言っている。実際はひどく血生臭い状況なのだが、確かに恋しい人が自身の窮地に助けに来てくれたわけだから、白馬の王子様もびっくりな話。女の子が憧れてしまうのも無理はない。
そして、喜助が語りたがらなかった理由もわかった。
いつも平然とした顔をしている癖に、そういうところは案外小心者らしい。

風華は一つ溜め息を吐いて、「ありがとう、ジン太くん」と少年の手から箒を受けとる。

「あんなことはもうないと思うけど、喜助さんにはちゃんと私からも釘を差しておくわね」

「頼むぜ、風華姉。放っといたら調子乗りそうだからな、にーちゃん。じゃなかった店長」

「ふふ、そうね」

古くからの友人だけじゃなく、子どもにまでこんな風に言われてるなんて知ったら彼はどんな顔をするだろう。
思わずくすりと笑ってしまった風華を見て「大丈夫かよ、ほんとに」とジン太が盛大に肩を竦めていた。
その隣で雨はまだほんのりと頬を染めていて、風華と眼を合わせるとまた恥ずかしそうに視線を逸らしたのだった。



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