紅弁慶

燦々と降り注ぐ光で目が覚めた。

ーーーーーもう、朝なんだ。

今日もいい天気らしい。
きっと、風華さんが『いい洗濯日和だわ』と優しい笑顔を浮かべてるはず。
だとしたら、お洋服やタオルの他に、布団や布団カバーも干しているはず。

ーーーーーうん。わたしも、お手伝いしなきゃ。

眩しい光に眼を擦りながら、ひょっこりと体を起こす。
いつまでも寝ていられない。お手伝いをすると決めたからには、徹底してやらなければ。
ふん、と鼻を鳴らして、むくりと起き上がると、正面にぬいぐるみの群が見える。
ここに来たときに、喋ることが出来なかったわたしを気遣って、風華さんが色々用意してくれたもの。
ぬいぐるみ遊びをするような歳じゃない、って、思ってたけど、あるとほっこりして気分が楽になったのを覚えてる。
だから、今もそのまま置いてもらってる。
この子達も、日向ぼっこさせた方がいいのかな。

「・・・おはよう、ございます」

「おはよう、雨ちゃん」

とんとん、と階段を降りて居間に顔を出すと、風華さんが朝御飯の準備をしてた。
わたしもお盆を持ってお手伝い。
この人は、わたしの命の恩人だから。

「あら、ありがとう」

風華さんは、ふわん、とした笑顔を見せてくれる。
香ばしく焼き上げたクッキーみたいなほんわりした薄茶色の髪がふわふわ揺れていて、風華さんの柔らかい雰囲気によく似合ってる。
すごくきれいで、温かくて、こんな人になりたいなっていつも思う。
この間そんな話をしたら、風華さんは「もう、雨ちゃんたら。買い被り過ぎよ」と恥ずかしそうにしていたけど。

「・・・おはよ。風華、雨」

「おはよう、喜助さん」

「おはようございます」

まだ眠そうな顔をして降りてきたのは喜助さん。薄色の髪があちこち跳ねていて、誰が見ても寝起きだってすぐに分かる。
だけど、ここの店長さんだから一番偉い人なんだと思う。
でも、別に喜助さんが偉いか偉くないかは、わたしには関係ない。
大切なのは、この人が、もう一人のわたしの命の恩人だってこと。

「ふふ、喜助さんたらまだ眠そうね。先に顔洗ってきたらどう?」

「そうします・・・」

欠伸をしながら、喜助さんはふらふらと洗面台に向かう。
わたしはその後姿を追いかけていって、タオルを持っていってあげた。そしたら喜助さんはまだ眠そうに擦っていた眼を、ぱちりと開いて「おや、ありがと」と笑って、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。

ーーーわたしでも、ちゃんと役に立てた!
そのことが、すごく嬉しくて、明日からの日課にしようと心に決める。
もっと、頑張って、もっともっと二人の役に立ちたい。
次は何をしたら、喜んでもらえるのかな。

朝ご飯が終わったら、お店の掃除を手伝う。
秋だからかな、落ち葉がたくさん舞い込んで来ていて、掃いても掃いてもなかなかきれいにならない。
でも、手伝うって決めたんだから、泣き言は言わないんだ。
諦めずに頑張っていたら、なんとかきれいになってきたみたい。
ほう、と一息ついたら、背後で咳払いがした。
びっくりして振り返ると、いつの間にか、鉄裁さんが後に立ってわたしを見下ろしていた。
ーーーどうしよう、さぼってると思われちゃったのかな。
思わず身構えてしまったけれど、鉄裁さんは口許をにっこりさせた。

「随分と綺麗になりましたな。さすがは雨殿。これだけの枯れ葉を掃き寄せるのは苦労なさったでしょう」

「・・・平気、です」

後は私がしておきましょう、って、とっても大きな手で頭を撫でてくれた。
見上げないといけないぐらい、すごく大きい人だけど、この人も風華さんみたいにとても優しい人。

「おや、庭が綺麗になりましたねぇ」

「店長。雨殿が張り切ってくださったようで」

「へぇ。偉いね、雨。ありがと」

そう言って喜助さんもまた頭を撫でてくれた。
嬉しいけど、ちょっとだけ恥ずかしくなって、俯いてしまう。
ーーーだめだめ。
俯かないで、笑っていればいいって、教えてもらったんだから。

「折角だし、焼き芋でも作ります?」

喜助さんの提案に鉄裁さんが少しだけ苦い顔をする。
たぶん、このままお小言の時間になるんだろうと思って、わたしは咄嗟に「わたしも、」と声を挟む。
二人の男の人が、どうしたのか、という風に見下ろしてくる。
注目されてしまって、ちょっと吃ってしまった。

「・・・わ、わたしも、・・・焼き芋、食べたい、です・・・」

「だそうですよ?」

「むう。仕方ありませんな」

「ハハ。なら、たくさん用意しないとね」

喜助さんはまたぽんぽんと頭を撫でて笑ってから、「風華サーン、ちょっとお願いがあるんスけどー!」と口に手を当てながら家の中へ戻っていった。

「では、我々はもう少し集めておきましょうか」

「はい・・・!」

ひらり、ひらりと風に乗ってまた庭にやってくる落ち葉をかき集める。
落ち葉の山がさらに大きくなった頃に喜助さんと風華さんが戻ってきた。喜助さんは何か大きなものを脇に抱えて、手にはお盆を乗せてきた。その上に銀紙でくるまれたものがたくさん乗っている。
後から着いてきた風華さんが持つお盆にはグラスとお箸。

「随分と用意されましたな。しかも、店長、それは・・・」

「まァまァいいじゃない」

「まだ昼間ですぞ」

喜助さんが脇に抱えていたのは大きなお酒の瓶。
ここに来るまで、一升瓶ってお醤油を入れるものだと思ってたんだけど、お酒を入れるものでもあるんだって。
わたしはお酒が呑めないから、分からないけど、いつも喜助さんも風華さんも美味しそうに呑んでる。
でも、やっぱりお昼から呑むものじゃないみたい。
鉄裁さんがさっきよりもずっと苦い顔をしていたから。

「鉄裁さん、違うの。私が言い出したの」

「風華殿・・・」

「ごめんなさい、鉄裁さん。・・・鉄裁さんの好きな銀杏も用意してみたのだけど、良ければご一緒にいかがかしら?」

風華さんは申し訳なさそうにしながら、銀紙の山から一番小さい包みを取り出した。「他にもじゃがいもや椎茸も用意してみたんです」と取り分けている。
銀杏って、あの変な臭いのするものだよね?
美味しい、のかな。
わたしでも食べられるのかな。

「はあ・・・ここまでされてはいただく他ありませんな」

「くく、」

「何を笑っておいでなのですかな、店長」

「いや、別にィ?」

いっつも喜助さんにだらけてるって怒ってる鉄裁さんだけど、風華さんにはいつも優しい。鉄裁さんも風華さんのことが大好きなんだと思う。娘みたいに思ってるのかも。
だから、風華さんのお願いには甘くなっちゃうみたい。
喜助さんはそれを笑っていたみたい。
喜助さんは帽子に隠れた片方の眼を、わたしに向かってぱちりと瞑ってみせた。

「・・・っ!」

男の人なんだけど、すごくきれいで吃驚してしまったわたしは、箒を持ったまま固まってしまう。

「どうしたの、雨ちゃん」

落ち葉の中に持ってきたそれを埋めていた風華さんが、心配そうに覗きこんでくる。

「な、なんでもない、です・・・」

首をぶんぶん振ってみせたけど、風華さんはむっとした顔で喜助さんを睨んでた。

「だそうですよ」

「・・・何かしたのね」

「酷いなァ。ボクが悪者みたいに」

「もう、本当に仕様のない人」

呆れたように肩を竦める風華さんに、また喜助さんはからからと笑ってみせていた。
わたしと鉄裁さんは、そんな二人の様子を眺めてひっそりと笑いあったんだ。

ぱちぱち、葉っぱの焼ける音を聞きながら、木枯らしの吹く中で食べる焼き芋は、とっても美味しくて。


それからは毎年、わたしは秋の終わりになると、いつも以上に掃き掃除を頑張るようになったんだ。





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*紅弁慶
花言葉:あなたを守る、たくさんの小さな思い出、とっておきの、

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