Happy White Day.

「いらっしゃいませ、お嬢様」

夕食後、いつも通り最後に風呂に行こうとした風華の背に「アナタの部屋で待ってますから」と声が掛けられた。
何故風華の部屋なのかと問う間もなく、振り返ったときには既に彼は居らず。
仕方なく指示されたままに部屋に戻ると、ローテーブルに置かれた小さな小箱と、シャンパン、それから緑柱色の片眼を瞑った男に出迎えられた。

「・・・喜助さん、これは、」

眼前に置かれた可愛らしいパッケージに詰められたカラフルな丸い菓子を眺めて風華は困ったように小首を傾げた。

「今日、ホワイトデーでしょ?だから、この間のお返し♪」

「ええと、あの、一応聞きますけど、・・・お返しの意味、ご存じですよね?」

お返しも何も、そもそもあの日モノをもらったのは風華の方だった筈だ。
そのことを告げれば「まあまあ、いいじゃない」と手をひらひらとさせている。
本当に何かにつけて風華を甘やかせたがるのは、この男の悪い癖だと思う。
いや、それを"嬉しい"と甘んじて受け入れてしまう彼女にも問題があるのかもしれない。

「ホワイトデーなのは分かりましたけど、これってマカロンですよね?」

彼女を座らせた後、背後に回った喜助は「アナタ、また乾かさずに出てきたんスね?風邪引いたらどうするんスか」と風華の肩に掛けられていたタオルでぽんぽんと水気を取り始める。口調の割りに彼女の髪を拭く手の動きは繊細で、割れ物を扱うように優しい。
その指の動きについうっとりを眼を細めつつ、風華は背後に一瞥をくれた。

「そうっスよ。あれ?もしかして知りませんでした?マカロンの意味」

「いえ、それは存じてますけど、」

「そ。なら良かった」

彼は風華の顔を横から覗き込むようにして、眼を合わせた後、目尻を下げて破顔した。こうして笑うと、随分と幼く見える。昔出会ったときと変わらないあどけなさを含んだそんな彼の表情を見せられると、つい、もういいか、と流されてしまう。これがいけないのかもしれないが、何もかも今更だ。
しかし、今回ばかりはいただけない。

「喜助さん、折角だけど、さすがに私、これは食べられないわ」

「どうして?」

「どうして、って・・・知ってるでしょう?私が甘いもの苦手なの」

そうなのだ。
女性が皆甘味が好きだというルールでもあるのか、と言いたいぐらいに世の中には女性=甘味というイメージがあるらしいが、大変残念なことに彼女はそこに当てはまらない。

「知ってますよ?」

何を今更当たり前のことを、と言いたげな声とともに背後からすっと、彼の手が伸びてきた。
男性にしては細いその指先は、小箱の中にあった一つのミルクティー色のそれを摘まみあげると、それを彼の薄い唇へと運ぶ。
ひょこりと横から顔を出した喜助は、そのまま「ん、」とこちらへ顔を向ける。

齧れ、ということか。
せめて半分ぐらいなら食べられるだろう、と?
どれだけ砂糖を控えようともマカロンはマカロンだろう。
シャンパンで押し流してどうこうなるものではあるまい。
一欠片でもその甘さを想像しただけで胸焼けがしそうだ。
何より、口移しで受け取るという、その行為の甘さに既に目眩を起こし掛けている。
さてどうしたものだろうか、となかなか口を寄せない風華に焦れたらしく、喜助は彼女の顎先に手を掛けると口を開かせてそれを押し込んできた。
押し返す前に唇を閉じられて吐き出すことも出来ずに歯を立てる。

「んっ、」

「・・・どう?」

「・・・甘く、ない・・・?」

最初に感じた風味はチーズ。甘く味付けされたものではなく、塩味の強いエダムチーズだ。ついで、トマト、オリーブオイル、最後に唐辛子の辛味が舌に残った。
きょとん、と数回瞬きをして喜助を見詰めていると、彼はしてやったりと言わんばかりにくつくつと笑いを噛み締めている。

「もっと、食べてみます?」

「あ、はい、」

今度は素直に頷いた風華に、また一つピスタチオ色のマカロンを摘まんで口に運び入れる。
こちらも塩味のチーズに、塩漬けされたグリーンオリーブが詰め込まれていて、一切の甘さを感じない。成る程、ピスタチオと思ったものはグリーンオリーブの色か。

「喜助さん、これって、マカロンなんですよね?」

「そうっスよ。いやー、アナタの好みに合わせて探すのは苦労しましたよ」

風華が首を竦めて小さく「ごめんなさい」と呟くと、彼は「好みは人其々なんスから、謝ることじゃないっスよ」とぽんぽんと彼女を頭を撫でて屈託なく笑う。

「でもさ、折角乗っかるんなら、ちゃんとマカロンにしたくてさ」

「キャンディーでも良かったのに」

確かキャンディーには「私も貴女が好き」という意味があった筈だ。それでも十分ではなかろうか。

「だぁめ。そんなんじゃボクが満足出来ないの」

「もう」

自身に関しては誰よりも何よりも欲張りな彼らしい発言に、風華は嘆息してまた口を開ける。
食べ終わった頃を見計らって、せっせとその指先が口に運んでくるからだ。
ストロベリー色をしたそれは、中身は酸味の効いたトマトのジュレで、舌の上で数回転がして、それがガスパチョのジュレであることに気付いた。
随分と創意工夫のなされたマカロンで、これならまた食べてみたい。
菓子業界もなかなか面白い試みをするものだな、と風華が感心していると、喜助が手を止めて何事か口を半開きにしたままに、じっとこちらを見つめている。
ぱちぱちと瞬きを繰り返してから、風華はまた小首を傾げる。

「あー・・・、」

「どうかしました?」

テーブルに置かれていたシャンパンを口に含む。このシャンパンとの相性も悪くない。
ぱちぱちと口の中で小さな気泡がいくつも弾け、爽やかな白蒲萄の香りを口腔内に広げる。

「いや、なんかね、」

喜助は半開きにしていた唇を閉じると、今度はくつくつと一頻り笑いを噛み殺してから、にたりと眼を細める。
ああ、何か良からぬことを考えている時の顔だ、と風華が警戒した通りに。

「小鳥に餌やりしてるみたいだなァ、と思ってね」

「もう!」

「アハハ、ごめんごめん」

全く謝罪の感じられない口調のそれに、「もう知りません」とふいと、風華が顔を逸らせると、まだ幾分か愉しげな声色のまま、喜助はもう一度風華の顎先に指先を滑らせてくる。

「怒らないで、」


ーーーーーボクだけの"特別なヒト"。

好きだとか、愛しいとか。
そんな言葉だけではもう足りないのだと。
耳朶にそう吐息を触れさせ、顎を撫でるように振り向かせる喜助にされるがままに、そちらを見る。
もう片方の腕が、風華の手から空になったシャンパングラスを取り上げる。

「・・・ねぇ、風華」

焦がれたように呼ばれるその名前だけで、
それだけで、
もう彼女には十分に伝わってしまう。

風華はそっと睫毛を伏せて、ただ振り掛かる愛に身を委ねた。





- 1/1 -


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -