道外れの機械人形

ぽんぽんと彼女の頭を撫でて、風華の顔を上から覗き込む。

「さて、風華サンは何して遊びたいっスか?」

「・・・あそぶ?」

「ん?」

少女は目をぱちぱちと開いて訝しげに見上げてくる。
まるで遊ぶという単語を、今初めて聞きましたと言わんばかりの反応だ。

「おべんきょうは?」

「ハイ?」

「おべんきょうは、しなくていいの?」

「ありゃ、いつもお勉強タイムがあるんスか?」

「うん。いっつも、みんなにおさいほうをおしえてもらうの。あとはいけばなとか、れいぎさほうとか」

こくこくと頷いて、風華は小さな指を折って習い事を数える。「もうすこしおおきくなったら、おりょうりと、しにがみになるためのおべんきょうもするんだって」と喜助を見上げてくる。
毎日頑張ってるんスね、と頭を撫でてやると、誉められたことが嬉しいようでふにゃりと笑っている。
成る程、この娘はこんなに小さな頃から仕込まれていた訳か。通りで鉄裁並に家のことをこなせてしまうはずだ。

「んー、風華サンは優秀だから一日ぐらいサボったって平気ですよ」

「さぼる・・・?さぼるってなぁに?」

真面目なお嬢様の辞書に『サボる』という単語はなかったらしい。喜助は笑って説明する。

「今日はお勉強はお休みってことですよ」

「おやすみ?じゃあ、なにをするの?おさんぽ?」

喜助は、首が折れてしまいそうな程にそれを倒して見上げてくる少女の体を抱き上げて膝の上から立たせる。
座したままの喜助と立ち上がった少女の視線はほぼ同じ高さだ。

「風華サンはお散歩好き?」

「うん!」

「そっか。ならお散歩行きましょ」

子どもの方が体温も高く、首筋が暑そうだからと耳下で二つに別け髪を括った。それから「それだと暑いからこっちに着替えましょっか」と元々着せていた子供用の浴衣を脱いでもらうと、用意していたノースリーブの白いワンピースを着せてやる。自身の見立て通り、よく似合っていて、本当に愛らしい。
まだ着物以外の服を知らない彼女は「かわいい!」とくるくる回ってはしゃいだり「これは、なんていうおきものなの?かわってるね」とワンピースの裾を持ち上げて眺めたりと忙しない。余程嬉しかったらしい。その様子を見ているだけでこちらも自然に顔が弛む。
彼女の記憶を一時的に戻しているだけだから、元に戻った風華がこの出来事を覚えている訳ではない。
だが、今、この少女に出来るだけのことをしてやりたいと思うのはなぜだろう。
やはり彼女が風華だからだろうか。

「きすけさん、はやく!はやく!」

「ハイハイ、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」

小さな手で喜助の腕を懸命に引っ張り外へと急かす少女が、残暑の陽射しに負けてしまわないように麦わら帽子を被せて、その小さな手を引いて歩く。
下駄を履くと小さな彼女と手を繋ぎづらくなってしまうから、今日は珍しく雪駄を履く。

「大丈夫?暑くないっスか?」

「うん、ちょっとあついけど、へいき」

少女はこちらを見上げたかと思うと、次の瞬間には「あ、とんぼ!・・・みて、あっちのひまわり、きれいだよ!」指を指し、喜助がそちらに視線を移す頃には「きすけさん、あれはなぁに?」ときょろきょろとあっちを見たりこっちを見たりと本当に忙しそうだ。何もかも見たことのない現世のものにも興味津々といった少女に答えながらのんびりと歩いていく。

「あれ?浦原さん、お子さん居ましたっけ」

派出所の前を通ったところで、巡査に声を掛けられた。
妻の姪ですと、笑って誤魔化すと彼は「ああ、確かに奥さんによく似てますねー」と笑われる。
喜助は適当に誤魔化しつつ、立ち去ろうとしたのだが。

「そう言えば、浦原さんって、何時から居たんでしたっけ・・・?あれ?ウチの祖父の代から居たような・・・」

「・・・!?・・・やだなぁ、何言ってるんスか」

「そう、ですよね・・・すいません、変なこと言っちゃって!」

「いえいえ、お構い無く」

アハハと笑いつつ、喜助の頭脳は高速で回転を始める。
今まで誰からも訊かれなかったことを訊かれた。
彼ははっとして風華に視線を遣る。
現世の人々、並びに関わった死神に対し、風華の能力で記憶を錯乱させてきた。その彼女が小さくなったことで、改竄されてきた記憶が元に戻ろうとしているのではないだろうか。

だが当然ながら、彼女は我関せずな様子で、ふらふらと脇道に逸れていく。道を逸れる風華の手を引きながら、喜助は来た道を引き返す。
風華はとたとたと歩きながら、喜助を見上げて小首を傾げる。

「ごめんなさい・・・」

「ん?何が?」

「だって、さっき、こまってたでしょう?」

「いいんスよ。アナタは気にしなくて」

小さいながらもさすがの気遣いで、何か問題があったのだと察したらしい。
きっとわたしのせいだもの、と項垂れる風華の頭を撫でつつ、喜助は懐かしい霊圧が近付いている商店に足を向けた。




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