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『林檎のコンポート』

ぐつぐつぶくぶくとルビー色の泡が盛り上がってきたところで一旦火を止める。

「こんなもんかな、」

あとはアルミホイルを落し蓋代わりに被せて粗熱が取れるのを待って、冷蔵庫でよく冷やせば食べ頃だ。余った分は保存容器に入れておけば一週間はもつだろう。
夜中にすることじゃないかもしれないが、今用意しておかなければ朝には間に合わない。逆を言えば、今準備しておけば、朝には彼女に食べてもらえるというわけだ。

粗熱が取れるまでの合間に、さっと汗を流し、それから他の朝食でも準備しておこうか。皆に異口同音に『明日は雨か』と言われる様が容易に想像できてしまい、喜助は一人苦笑いを浮かべた。

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「もしもーし、起きてますかー?」

寝室の襖を開き、そっと小声で呼んでみたものの、まだ夢の中にいた彼女はすうすうと寝息を立てていた。
既に皆の朝食は終わっていて、それでもまだ起きてこないところをみるに、やはり"遣り過ぎた"ことは明白だった。見計らったように朝食の席に『偶然』顔を出した親友を始め、同居人一同にそれはそれは冷めた視線を向けられたことは言うまでもない。代わりに明日の天気については誰にも触れられなかったが。
盆に乗せたそれを傍らにおいて、彼女の側に膝をつく。
掛布から覗く白い胸元に無数の痕が残っていて、いくつかはどうしたって隠せそうにない。間違いなく彼女の機嫌を損ねるだろう。ああ、またやってしまった、と喜助は頭を掻いて嘆息する。しかし反省はしても後悔はしていない。故に何度も同じ過ちを繰り返すのだろう。
緩やかに波打つ髪を数回撫でると、彼女の長い睫毛がふるりと震えた。ゆるゆると持ち上がり、琥珀の瞳がぼんやりとこちらを見る。

「おはよ」

「・・・、」

「はは、・・・やっぱり、声、出ないよね?」

彼女は口を開いたものの、枯れ葉が擦れあうような音しか出せず、喉元を抑えて苦しげにきゅっと瞼を閉じた。
昨夜、少々ーーどころではなかったのだがーー熱中しすぎてすっかり彼女の喉を枯らしてしまったのだった。

「紅茶入れてきたよ。飲むでしょ?」

うっすらと涙を滲ませる彼女の体を助け起こしつつ、せめてもの侘びに、と淹れたハーブティを差し出すと彼女はこくこくと頷いてそれをゆっくりと口に含んだ。

「あと、これも良かったら」

「・・・?」

こてん、と幼子のように首を倒した彼女の唇が数回小さく開閉する。その動きから判断するに『これは?喜助さんが作ったの?』である。読唇術は苦手ではない。

「そっス。リンゴを赤ワインとハチミツで煮詰めてみたんス」

瞼をぱちぱちとさせてまた唇を開く。お次は『林檎のコンポートですか?』だ。喜助は頷いてフォークを手にすると、彼女の唇に小さく切られたルビー色の欠片を差し出す。
赤ワインを使っている、と言っても始めにワインだけを火にかけてアルコールを飛ばしている為、子どもでも食べられる仕様だ。喉にいいとされる蜂蜜と一緒にひと煮たちさせた後、数時間おいて味を馴染ませたものを、よく冷やしておいたのだ。

「どう?」

味見はしたし、朝食の席で子ども達も食べていたから問題はないはずだが、些か自信はない。一人で暮らしていたときに料理をしていたものの、甘味は完全に対象外だった。
彼女は柔らかく煮詰められたそれを数回咀嚼して飲み込むと、ほわりと目元を緩ませた。

「良かった」

喜助がほっと胸を撫で下ろすと、彼女はほんのりと頬を染めて小さく口を開いた。これは読心術も読唇術も要らない。『もう一口、ちょうだい』だ。
餌付けをするように、それを何度か繰り返して、紅茶と共に平らげる頃には彼女の喉もいくらか声を取り戻していた。

「有り難う、喜助さん。美味しかったわ」

「どういたしまして」

「まだ体ツラいでしょ?今日は休みだしもう少し寝てていいよ」、と彼女の額に唇を寄せたところで、喜助ははたと思い付いた。

「あ、」

「どうしたの?」

「今度アナタの義骸メンテナンスするとき、声帯強化しとこうかなと思ーーーーー、ちょ、冗談!冗談っスから!本投げないで!!」

「〜〜もう!ばかっ!」



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我が家で大量にリンゴが余ったとき(ちょいちょい大量に貰うことがあるのです)の定番デザート。風邪のときなんかもオススメ。
赤ワインは煮沸してしっかりアルコールを飛ばすのがポイント。一本2〜300円ぐらいの安酒で十分美味しく仕上がります。というか高いワインはおそらく香りが強すぎて向かないかな...。
蜂蜜の量はお好みで。ただしアルコール飛ばし中&煮詰め中はめっちゃ赤ワインの香りが部屋中に広がるのでご注意を!
出来上がったものを更に小さく切る(又は残った汁と一緒に更に煮詰めて柔らかくしたものをスプーンなどで潰す)とジャムみたいになるので、無糖ヨーグルトと合わせて朝食のお伴にするのも◎。
甘味苦手な我が家でも好評なので、蜂蜜の量を調整すれば辛党の方にもイケるはず♪
リンゴの酸味がなくなるので、酸味命!な方はどうだろう...。



ところで、オチをつけないと気が済まないのは関西人故なんでしょうかね?(笑)


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