旅log

第一回嫁会議録(その1)

嫁の嫁による嫁の為の嫁を愛でる会。
略して嫁会(又は女子会)。

都内某日。
その日、無事に開催された第一回嫁会議録をここに記すこととする。

尚、この議事録に関しては、書記不在のため会長自らが筆を取った次第である。
会長たるもの、嫁の為ならば如何なる役回りでも不満に感じようではならない。
嫁の為ならば、例え火の中水の中草の中、の精神である。


約半年の期間を経て漸く実現に至った今回の会議では、『嫁達の女子会コースをコーディネートする』というものであり、専ら食事がメインである。
しかしながら、時間の許す限り、嫁の探求をすべく、我々はまず絵画展に赴くこととした。


絵というものは得るものが多い。
主に人間の情報量の殆どが視覚に頼っていることも関係しているのであろう、色彩や構図から、インスピレーションを受けやすい。
また、嫁会会員たるもの、『ここをこうすれば嫁に変換できる!』とはお互い口に出さずとも自然に出来るものであり、館内では非常に静かにじっくりと堪能した。
そもそも、ネット上での付き合いが一年に及ぶとはいえ、事実上初対面なのである。
易々とテンションをあげて語り出すというのも難しいものである。

しかしながら、そんな我々をあっという間に振り切らせてしまったのが、罪深き物販コーナーである。


版画や絵に関する資料などが並ぶ中、オリジナルグッズとして陳列されていた、ストール。
画家の代表作の作品中に娘が着ていた服を模して作られたストールである。
その娘が着ていたものは、水色の生地に青色のストライプ模様のドレスだった。
ストライプ。
確かに我々にはストライプだけでも、十分な題材と言える。
だが、それだけではなかった。
色違い。
そう、その色違いの中に、それぞれ、赤、緑、薄茶、濃緑、紫というバリエーションだったのである。


『こ、これは...!!』

我々は戦慄した。
そっと見本品の配列を変えて一仕事終えたかのような充足感を得つつ、満足した我々は固く頷きあってようやくその場を後にした。


昼食に向かうため駅へと戻る。
尚、我々のこのあとの予定は、只ひたすらに食べるだけ。

昨今の女子はひたすら細く、いや、薄い体つきをしているが、主に食が細いことが原因ではないかと思われる。

しかし、嫁会では声を大にして言いたい。

よく食べろ。
そして柔らかさを身に付けろ、と。

女体=曲線の美しさなのである。

裸体画、及び彫像を拝んだばかりである我々にとってこれは至極当然な話題であった。
絵画のみならず、彫像でまで、尻肉の柔らかさを表現せんとする巧みの技には脱帽するばかりであった。
卑猥な話でない。
これは崇高な美を追求する議論なのである。
公共機関(電車)で繰り広げられてもなんら問題のない話題なのである。


ところで今回の嫁会開催にあたり、お互いに初対面ですぐ分かるだろうかという問いに対し、我が嫁会が誇る最優秀優良会員は折村女史にこう答えたのだという。
『会長は"会長"という見た目をしている』と。
一体どういう意味なのか。
その"会長という見た目"が髭の叔父様を示さないことだけは確かではあるものの、小一時間程問い詰めたい欲求にかられたことを記しておく。



さて。時刻は正午。

話が脱線しているが、要は『いい嫁ほど美味しそうによく食べてくれる』、という勝手な妄想である。
よって美食家であり、料理上手であるのではないだろうか。
そして、まず勧められたのはスープカレーである。
坂道を上る途中に"スープカレー"の登りが見えてくる。
硝子扉を引いた瞬間に多種多様のスパイスの香りが飛び込んでくる。

香辛料には消化促進や食欲増進、体力増強など様々な効能があることは知っての通り。
いわば食べる漢方である。
どうにも少々消化不良気味だった胃が、途端にきゅるる、と鳴り出した。
この調子ならしっかり食べても問題なさそうだ、と今月限定メニューをチェックした。



こちらがその今月のカレーであるラム肉と野菜を使ったものだ。
ラム肉自体もその存在をしっかりと主張しているのだが、負けず劣らず野菜達も主張している。
これだけ野菜を補えるのは女性には嬉しいことである。

辛さを選べるシステムはよくあるものだが、スープも選べるのだという。
スタンダードの他、素のスープを豆乳であったり、トマトであったり風味を変えることが出来るらしい。
またこの日は限定の"コク旨"なるものがあり、オススメされるがままにそれを食す。
おそらく拙宅の嫁もそのようにするであろう。

さらに追加でアボカドコロッケもトッピングした。
アボカド通としてはやはり食べておくべきだと思っており、元々頼むつもりであった。
食べ物まで緑が好きなのか、と言われてしまいそうだが、アボカドは美肌効果も高い。
是非とも嫁達にもこぞって食べておいてもらいたいところである。

向かいに座って楽しげに、しかし決して騒がしい訳ではなく、ゆったりとした口調で話す折村女史を眺めては、女子とはなぜこうも癒されるのかと悟りを開いている間に、サラダ、次にメインが運ばれてくる。


いざ、実食。


揚げたてのアボカドコロッケが上に鎮座している。
揚げ物の衣がぐずぐずになるのが大嫌いな私としてはまずこのコロッケを半分だけでも先に食さねば!とあつあつのコロッケに箸を向ける。
箸先に触れた衣がざく、といい音を立て蒸気が立ち上る。次いで、そのままそれはねっとりと重みのあるアボカドの中に沈みこむ。
一口分を取り分けて口に運ぶ。
旨い。
中のアボカドには殆ど味はついておらず、どうやら衣に塩コショウで味付けがされているようだ。粉チーズが僅かに練り込まれているように感じたが気のせいだろうか。チーズは追加していなかったのだが。
熱で柔らかさと甘さが増し、まさしく森のバターと謂われる状態になったそれが、カレーと馴染むことでまた違った味わいを醸し出す。

コク旨を選んだために、元のスープの濃さは分からないものの、香辛料がふんだんに使われていることは云うまでもない。其れほどに香りがいい。
スープ状なので舌に絡み付くというものでもなく、香辛料本来の香りを楽しむことが出来ているように思う。香りによって脳が刺激され、『早く次の一口を!』と腕が動く。
サフランライスも水分控えめな炊き加減で、スープと合わせやすいものだ。
好きなものは最後派な私が、意識せずとも、最後まで残ってくれるほどに多めに入っていたラム肉もよい。
決して固いものではなく、むしろよく煮込んであるぐらいなのだが、さらさらとしたスープの中でもちゃんと主張していたのもポイントが高い。
気付けば、無言で掻き込み、スープも最後の一滴まで飲み干してから、漸く手を止めた。美味。

結局、ただの一度も『おいしー!』といった黄色い声をあげることなく完食。
紹介を受けているときに反応薄なのは、どうかとは思うが、米一粒、スープ一滴残さず完食するのが料理人への何よりの満足度の証明、また敬意を表すものだと思っている。


余談だが、ある漫画の言葉にこんなものがあった。

『一流の前には、人々は歓声をあげる。
超一流の前には、人々はまず、沈黙する。』

どんな物事でも当てはまると思うが、想定を遥かに上回るものだと人々は反応に窮するのではなかろうか。
つまりそんな状態な訳である。
逆も然り。下方向へ突き抜けすぎても当然反応に窮する。
よって私の反応も普通だと思いたい。
いや、コミュニケーション能力の問題かもしれないが。


さて、話を戻そう。

ところで、この日私は辛口を選択した。
辛さの話から両家のカレーの話に発展した。
むー家はハチミツとリンゴを入れているそうだ。
成る程。なれば、辛党であるふー家はカカオと黒胡椒とコーヒーだな、と思い至る。

食とは文化である。
つまり、食から生活様式が想定できるものであり、立派な題材なのである。

空調は控えめで、天井付近でファンが回っているだけだったが、カレーを食すのにはちょうどよい空調なのかもしれない。
食後にぱたぱたと私は自前の扇子で、折村氏はその席に置かれていた団扇を手にした訳だが、その団扇がまた偶然にも夜の景色を描いたものであった。
蛍袋と蛍に真ん丸の月が描かれていた。
最早嫁会が町中から歓迎されているような錯覚を覚えつつ、胃も満足したところで、上機嫌に店を出る。

残りのルートは紅茶とスコーン、イタ飯、薫製、と食べてばかりの為、腹ごなしに道なりにふらふらと歩きながら次の喫茶店へ向かう。
この道中にて思い出したかのように、遅ればせながらカレーの感想を述べておいた。先に述べたように、揚げ物トッピングは衣がぐずぐずになる為避けるのだが、そんな不満を持つことなく完食出来たのは初めてのことであった、と。
『良かった!アボカドコロッケ、イチオシなんです!』とサムズアップする折村女史が大変可愛らしかったのは云うまでもない。嫁ネイルも控えめなところが、穏やかな折村女史に大変お似合いである。しかし、云うまでもないからといって、云わずに済むかというとまた別の話である。女子はすべからく愛でるべし。そして何度でも叫ぶのだ。可愛い。嫁(会員&同志含め)可愛い。



古書店の立ち並ぶ通りをしばらく歩くと石畳が懐かしい通りに出た。
鉄柱にすずらんが刻まれていてまたしてもテンションがあがる。やはり町中から歓迎されている。
流石は嫁。世界から愛されし嫁。しかし旦那が煩いぞ。

少し歩いて古めかしいビルの地下へと潜り込む。
往来の喧騒から切り離されたそこは、今回の目的、いや女子会が行われる景気となった喫茶店である。
元を辿れば、『スコーンて美味しいの?』という聞く人が聞けば大変失礼な発言によって開かれた会である。その節は誠に申し訳ありませんでした。


さて、昼食にスープカレー、しかも腹持ちの良さそうなアボカドコロッケを追加しておきながら、まだ14時前だと言うのに早々に紅茶とスコーンを頼む二人。

『ここのは、パサパサももそもそもしてないんです!』

と聞かされてはいるものの、やはり些か不安。
暑かった為、また胃のことを考えてアイスミントティーを頼んでから『しまった、スコーンて水分奪われるヤツだ!ホットにしたら、ポットサービスだったんだよね!?失敗した〜』と内心頭を抱えつつ、待つことしばし。


熱したウッドプレートの上に愛らしく鎮座する二つのスコーンと付け合わせのジャムとクリーム。



そっと手に取ると、熱さに一瞬びくり、と手を離す。
爪先で支えるようにして、少し力を加えると『ほろ、ふわり』と半分に割れる。

ーーーーーはて。
スコーンは水分がなく、言うなれば、『ばり』や、『ぼろり』と言った表現が合うものだと認識していたが?温かいだけでこうも違うのか?と首を傾げつつ、さらに半分に割った欠片にまずは苺ジャムを乗せて。

んん、甘い。
某宅急便の使い魔の黒猫が、大型犬に舐められて下から痺れ上がったときのように身体を震わせて紅茶を飲む。
が、こちらもシロップ入りで甘い。シロップ抜きを頼むのを失念していた数分前の自身へ罵詈雑言を浴びせつつ、ふるふると震えながらそれが通りすぎるのを耐える。

苺ジャムは風華さんには甘いかも、と言われていた通り、私には甘い。女子が好きそうな甘さである。

とりあえず二口目にクリームを塗ってみる。
ごく僅かに塩気を感じる。
これはいい。いい塩加減だ。スコーンもほろほろとしつつ軽い歯触りで、言うなれば塩味のサブレを食しているような感覚。

口直しも出来たところで、いざ、大本命のバラジャムへと手を伸ばす。

そう、これだ......!!!!!
私が望む甘さはこれなのだ...!!

雷鳴に打たれたかの如き感動を覚えた。
そう語っても過言ではないほどに、いい塩梅の甘さである。
これにクリームを足すとまさしく『塩梅』つまり、ほんのり塩加減と花の優しい甘さが絶妙に合わさって文句のつけようがない。
この瞬間に、私は『明日も来よう』と心に決めたのである。


(第二部へ続く!)


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