小動物は嫌いじゃない。
苗字の家を訪れてから日を跨いだ。
僕は学校に行きながら何となく物思いにふけっている。
恋だとか人を想う気持ちだとか、そんなもの知らずに生きてきた。
だけど思い知ってしまった僕はどうすれば良いのだろう。
彼女は今何をしているだろうか。
彼女の体調は良くなっただろうか。
彼女は僕をどう思っているだろうか。
知ってしまった途端今まで以上に苗字のことを考えるようになった。
これが恋というものなのか…面倒だな。
普段なら力で思い通りにできるのに、変な気持ちが邪魔してくるから力ではどうにもできない。
草食動物たちが常日頃思い悩む理由も今なら何となく解らないでもないよ。
「今日は来てほしいな」
晴れた青空を見上げ呟く。
大空に僕の声が吸い込まれていく。
暫く立ち止まっていると、どこからかあの黄色い鳥が飛んできた。
「ヒバリ、ヒバリ」
「やあ」
「ヒバリ!」
「どうしたの、あまり煩くすると咬み殺すよ」
僕の名を呼び続ける彼にそんなことを言うが、自分の気持ちに気付いてモヤモヤがなくなった今の僕の口調は割と穏やかな気がする。
時間もあるし、ゆっくり歩くのも悪くない。
そう思っていたのに、彼は忙しなく羽を上下させて騒ぎ立てた。
「ヒバリ!ヒバリ!ナマエ!ナマエ!」
「…苗字?」
「ナマエ!ナマエ!ムクロ!ムクロ!」
「六道…!?」
苗字と六道の名前を叫んだかと思うと、黒曜の方角へと飛び立って行く彼。
突然何なんだ…あの2人に関わりなんてあったかな。
何にせよ、六道は咬み殺さないと気が済まない。
いやでもそんなことを考えてる場合じゃない。
そんなことじゃなくて…
今僕が素直に思ったのは…
──あの子が心配だ。
並盛中へ向かう足を鳥が飛んでいった方角に向け走り出す。
僕はどこまであの小動物に振り回されるのだろう。
…ああ、僕はこんなにも心配性で過保護だったんだ。
まさか一匹の小動物が心配で並盛を放り出して黒曜に向かっているなんて、誰にも言える訳がない。
***
「…は?」
黒曜ヘルシーランドに苗字の姿を見つけるなり、僕の口からは間抜けな声が漏れた。
「…なに、やってるの」
「おやおや雲雀恭弥、どうしました?そんな焦ったような表情をして」
「雲雀さん!」
「雲雀さん、じゃないでしょ。学校さぼってなにやってるの」
僕の目に映った光景、それは異様に綺麗になった部屋と机に並んだご飯、それを食べる六道、獣みたいなあいつ、帽子眼鏡、眼帯の女、そしてそれらを嬉しそうに眺める苗字…
平和すぎて欠伸が出そうな光景。
「何ってご飯作ったんですよ、骸さん達に。道で行き倒れてたんで人助けをと」
「分かったよ…ああもういいや」
苗字の姿を見てげんなりした僕は壁にもたれ掛かった。
ただの取り越し苦労。
骨折り損のくたびれ儲け。
早とちり。
「雲雀さん何か疲れてません?お茶持ってきますね!」
「誰のせいだと思ってるんだか…」
「君が僕と闘いたがらないなんて珍しいですね」
面白そうに僕を眺める六道に君には関係ないと言い返すが、六道はあの独特な笑い方で僕を笑っただけだった。
「クフフ…雲雀恭弥にも人を想う気持ちがあったとは」
「は?」
「おや、今の君の様子を見て気付かないとでも?」
「雲の人、名前のこと好きなんでしょ…?」
「アヒル驚いてら!柿ピーカメラ持ってくるびょん!」
「めんどい…」
「クハハハ!雲雀恭弥良い様です!分かりやすいですね君は!」
今奴等は何と言った…?
分かりやすい…この僕が?
自分でも最近気付いた気持ちをよりによってこいつらに悟られたというのが何だか悔しい。
そうこうしているうちに苗字が戻ってきた。
先程の事態に一人呆然としている僕に、南国果実が笑う。
「きちんと自分の気持ちを伝えなければ、僕が奪ってしまいますよ」
「…」
「雲雀さん、お茶持ってきましたけど…」
「…苗字行くよ」
「はっえっ?雲雀さんお茶まだ飲んでな…」
「煩い、良いから行くの」
「ひ、雲雀さんちょ、待っ…骸さんたち、またね!」
少しばかり強引に苗字の腕を引いて黒曜ランドを後にする。
六道がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていたのは視界に入れないことにした。
今になってみると、この子が六道の名を呼んでいたことが気に入らない。
あの汚かった部屋をあいつらの為に片付けたのだろうと思うと気に入らない。
あいつらにこの子の手作りのご飯を食われたことも気に入らない。
他の奴等なんて呼ばなければ良いのに。
他の奴等なんて見なければ良いのに。
僕だけを呼んでいれば良いのに。
僕だけを見ていれば良いのに。
どんどん湧き出てくる独占欲に堪らなくなり、苗字を抱き締めた。
「雲雀さん…!?」
「…他の奴等の名前なんて呼ばないで」
「え?」
「他の奴等なんて見ないで、僕だけを呼んで、僕だけを見て」
「えっ、雲雀さん、それって」
「僕は群れる草食動物は嫌いだ」
「…はい」
「だけど──」
小動物は嫌いじゃない。
─精一杯の告白─君は、どんな顔をしているだろうか。
君は、どんな返事をくれるだろうか。
突然抱き締めたりして怒っていないだろうか。
人を想うということが、こんなに苦しいことだったなんて。
「ねえ、雲雀さん?」
「…なんだい」
「やっと、届きました」
「?」
「雲雀さん好き好きって言ってたんです、ヒバードにですけど」
「えっ」
「ふふ、言霊に感謝ですね!」
そう言って微笑む彼女に、いつも僕にあの鳥が言っていた「スキ」という言葉は僕の気持ちに気付いていたからではなくて、単にこの子の囁きを復唱していただけなのかもしれないと思った。
「…名前、好き」
「えっ、今…!」
「もう言わない」
まあ、気が向いたらいくらでも言ってあげようかな。
なんて僕らしくない発想なのだろう、とは思うけれど…
嬉しそうにはにかむ彼女があまりにも可愛らしかったものだから、仕方がない。
この囁きに耳を傾けて
END
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
やっと、やっと完結しました!!!
いやー長かったです。
書き始めたの去年の10月ですからね…
5話完結の中編にどんだけ時間かかってんだっていう。
途中でうっかり立ててしまった骸フラグをへし折ろうとしたら変な展開になりましたが()、とにかく完結です!!
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました!!!
2013/07/31
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