10 今にも泣き出しそうに笑う君に知らない振りをして


「え、あ…」
「…親御さんは?」
「今、用事でいなくて…、中、入る?」
そう言えば、彼は少し固まった、が直ぐに元に戻った。
すっと扉をゆっくりと大きく開き中に彼を招き入れた。
「…ああ、…お邪魔します」
ぽつり、とそう言って彼は靴を丁寧に脱ぎ綺麗に揃えた。
…彼とこんなに話したのは久し振りで、何を話せばいいのか分からなかった。
「#名字#、大丈夫か?」
ぼんやり、としていれば赤司くんが俯いた私の顔をのぞき込むようにしていて、
心配そうに少し顔を歪めていた。
「あ、大丈夫、だよ!」
「少し、じっとしててくれ」
言われたとおりにじっと待っているとふわりと突然の浮遊感を感じた。
「ええええ、?!」
お姫様抱っこされているのだ。
階段をゆっくりと上がる赤司くんの服を思わず掴む。
あ、皺になっちゃうかな、でも落ちたら怖いから、離したくない。
その時チラリとこちらを見た気がしたが気のせいだったようだ。


「部屋はここかい?」
「う、うん」
ガチャリとドアが開かれる。
部屋昨日掃除してて良かったと思った。
ゆっくりベットに降ろされる。
優しく頭を撫でられて、睡魔が襲ってきた。
「ありがとう、赤司くん」
心地よい微睡みの中、そう言って微笑めば、彼は少し泣きそうに顔を歪めて笑ってくれた。
嗚呼、やっと笑ってくれたと思い、意識はゆっくりと落ちていった。

『今にも泣き出しそうに笑う君に知らない振りをして』


目が覚めた時にはもう彼は居なかった。


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