■ 愛の言葉は君を縛る為の鎖
「この林檎は、とても美味しいから食べてごらん?」
そっと、白雪姫に林檎を差し出した、魔女は微笑んだ。
醜い魔女は美しいお姫様を見て嫉妬に狂い、お姫様に毒林檎を差し出し、お姫様を暗殺しようとして、失敗し、そして最後には白雪姫に殺されるのだ。
私はこの物語と同じような結末を知っている。
何度も何度も巡って見たから、
だからこそ、この物語の本当の終焉を待ち望んでいるのだ。
ぼんやりとした視界では何が起こっているの薄らとしか分からず、思考すらも、靄が掛かったかのようにぼやけている。
涙が溢れて止まらない。
ぽろぽろ、勝手に零れて、頬を伝って床や、服に染みを作ってゆく。
ああ、何故泣きたくもないのに何故今更涙が出るのだろうか。
悪いのは私なのに、悪役なら悪役を最後まで演じなければいけないというのに。
それしか"解放"される方法は無いというのに。
「…あーあ、」
失敗しちゃったなぁ。
コロンと毒を含ませた林檎が床に転がる。
その場に似つかわしくない間延びした口調と声は静かな部屋に響いた。
大粒の涙を零しながらクスクスと笑う私は狂った人間に見えるだろう。
「あはぁっ、私が怖い?姫ちゃん」
決められた悪役にお似合いの台詞を笑いながら言う。
「ヒッ…なん、でぇっ?ど、うしてぇ?信じてた、のにぃ…、酷いよぉ…ヒック…」
人形の様に整った顔を歪めたのは、残酷な程美しい彼の大事な大事なオヒメサマ。
信じてたと言う割には昔から私に敵意バリバリだったよね。
杖で切り裂き呪文を咄嗟に出すってことはさ、結構私のこと警戒してたのね。
しかも嘘泣き下手だね、あと化粧落ちてるよ?
全身から止めどなく血が溢れ出る。
止血する気にもなんないや。
王子様がお姫様を助けに来る前に全てを終わらせてしまおうか。
初めて台詞以外で口を開いた。
「私さ、何度も何度もこの場面を繰り返してるんだよね、いい加減ね、ちゃんと死にたいんだ、」
だから、さ。
「姫っ!!」
バアンッ!!
「と、トムぅっ」
派手な音を立てて扉が開く。
どうやら王子様のご到着のようだ。
「悪役はもう疲れたんだ、何度も何度も同じ人生の繰り返しで、もう、楽になりたいんだ、少しくらい物語を変えてやりたい、
一矢報いて終わりたいんだ、」
王子様、いや、トム・リドルは杖を構えることすら忘れ、私を驚いた様に見ている。
張り付けていた笑みが崩れた、もう、我慢できない。
痛みはもう殆ど感じない。
視界も狭まって行く。
「だから、はやく殺してよ」
―――だから、気付かなかったんだ。
「なんで、どうして、そんな悲しいことぉいうのぉ?!」
「嘘泣きはやめたら?顔ぐちゃぐちゃだよ?不細工が更に不細工になるよ」
―――彼が彼女を睨んでいるのに。
「っあんた…!!いい加減に…!」
わざと挑発して本性が崩れようとしている彼女に向かって微笑んだ。
「アバダケダブラ」
艶のあるテノールボイスが鼓膜を揺さぶった。
部屋に緑色の光が溢れた。
緑色の閃光が貫いたのは私ではなく彼女の左胸だった。
静かに事切れた彼女はゆっくりと倒れてきた、怒りの表情を浮かべたまま彼女は息絶えたのだ。
驚きを通り越し唖然とした私を彼は抱き締めた。
なんで、私じゃないの?
傷はいつの間にか治っていた。
「ああ、愛しい#名前#」
私の目の前で目線を合わせるように片膝をついて屈んだ彼はゆるゆると私の頬を包み込み彼は艶のある笑みを浮かべた。
「君は死にたいのかい?
…ねぇ、なんで僕がこの雌豚と付き合っていたか知っているかい?」
「し、らないわ…」
声が掠れる。
震えているのは体が冷えているから?
いや、違う。体が震えているのは…
「君の側にいるために、だよ」
恐怖故。
「だから死なせない。
僕が守ってあげる。
僕だけを見てよ、#名前#」
嗚呼、
「愛してるよ、#名前#」
私は彼に生かされたまま殺されるのだ。
『愛の言葉は君を縛る為の鎖』
彼は美しい笑みを浮かべ、そっと私に触れた。
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