■ この世では息が苦しい

酷く冷たい指先が目尻に触れる。
その指はゆるりゆるりと下へ、下へと下がっていき、首元に辿りついた。
首に彼の掌が触れる。
やわく首に指を回してきた。
そろそろか。

「骸」
名前を呼べばピタリと手の動きが止まった。
「やめて?」
「…はい」
「ん、良い子」
そう言えば肩に顔を埋めてすり寄ってきた。
髪質が大変よろしい骸の髪が首や頬にあたってくすぐったい。
サラリとした綺麗な藍色の髪に指を通し、優しく梳く。
「…ん、#名前#」
甘えたような声を出す彼はいつもの様子からでは想像もつかない。
ぎゅっと手を包まれ、やわく握られる。
酷く暖かい。

…ああ、もう正直限界なんだ。
最近ね、体の節々が痛むの。
私もうすぐ死ぬのよ?
知らなかったでしょう?


人体実験で私に与えられた能力は未来予知。
その能力の対価は寿命だった。

骸がもう少しで復讐者に連れて行かれることも、そして骸の代わりとなる、特異体質の少女が現れることも知ってる。
その少女が代わりに骸を、貴方を支えてくれる、救ってくれる。
骸の未来に私はいないんだよ。

…報われない想いだと最初から知っていたけれど、今だけは、今だけは貴方を支えさせてね?
 ぽろりと一粒だけ涙が零れ落ちた。


                    『この世では息が苦しい』


彼女が貴方の前に現れた時、私は消えているでしょうね。


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