- ナノ -

第7日 こうして天地万物は完成した


「クラウス。お前はエイブラムスのおっさんを呼んで来い。それまで俺が足止めする」

思い返すのを、忌諱する記憶だ。

「ナマエ……!」

だが、忘却することは罪だ。
そうして、消えることもない。

「分かるだろ。クラウス。お前は死んじゃあならない」

解したくなどない。その言葉の意味を、その笑みの意味を。

満足に四肢を動かせないほどに怪我を負った私に、彼は優しく微笑みかける。
いつもの向日葵のような笑みとは異なる、優雅であるが諦観を孕んだ恐ろしい笑みだった。
そんな顔は見たことがなかった。見たくもなかった。
彼も傷を負っていたが、彼の血は傷を直に治すことが出来るもので、多少の傷ならば直ぐに動けるようになった。だから、彼が戦い、時間を稼ぐと言った。馬鹿げていた。

「ナマエ、私も共に戦う……!」

そう誓ったのだ。そう伝えたのだ。
誓いを反することなどできない。してはならない。
そうなってしまえば、私は私でなくなるだろう。私は彼の、隣を歩むことは出来なくなるだろう。
しかし、彼はそれを歓迎する。見たくもない笑みを浮かべて、私の頭を撫でる。聞き分けの出来ぬ幼子を相手するように、彼は甘く言う。

「駄目だ。クラウス。分かるだろう」

止めてくれ、私に理解を促さないでくれ。
そんな言葉は知らないと、その暖かな手を振り払ってしまいたかった。
それでも、私の身体は満足に動かなかった。大量の血が流れ、よく戦う等と世迷言が言えたのだと己でも分かるほどの有様だった。だが、彼を一人戦わせることなど出来なかった。出来るはずがなかった。
相手はエルダー級。一人で相手をするのは無理であり無謀だ。死にに行っている。
それを知らない彼ではないだろう。なのに、彼は微笑む。嫌な笑みだった。

「大丈夫だ。大丈夫。心配なんてすることない」

彼の慰めは、理屈も理由もない。
けれど、間違ったことはなかった。
だから、私は縋ってしまった。その言葉に、心配などないと断言するその言葉に。
頭に乗せていた手を離し、彼は歩いていく。死地へと、終わりへと。
ヒシヒシと感じていた。もう、彼の生きている姿を見ることはないと。直感だった。そして確信だった。それでも、理屈も理由もない彼の言葉を信じた。信じてしまった。
遠ざかる彼は、遠くを見ていた。深淵を眺めていた。自らが見ることはない未来を見つめていた。

「俺の代わりはいくらでもいる」

彼の“大丈夫”の意味とはそれだった。
茫然として、手を伸ばして、しかし彼は遠ざかっていく。

代わりなんて、いない。
いるはずがない。
彼は、一人だ。ナマエという人間は一人しかいない。
どうして、どうして。
何故―――!

「あ、ああ、あ゛ぁあああああああッッ!!」