- ナノ -


第六の鉢

しるしを行う3匹の悪霊、ハルマゲドンに王を集める


「貴方は……!」
「お久しぶりですギルベルトさん」

瞠目したギルベルトは珍しくも絶句していた。
身動きもできないでいるギルベルトを横切り、ナマエはライブラの応接室の机に足を運んだ。
そこには菓子が用意されており、皿の上にブレッツエルが四つ置かれている。予告通り、ギルベルトが用意してくれていたのだろう。机に顔まで近づけて覗き込んだナマエは嬉しそうに言う。

「ブレッツエルじゃないですか! ギルベルトさんのブレッツエル! 懐かしいなぁ」

彼にしてみれば何年振りか。その喜びようも分かるというものだった。ギルベルトの料理はとても美味しい。それは多岐に渡り、最近では更に腕を上げた様な気さえする。
ナマエの様子を見ていれば、ギルベルトはこちらを向いた。

「お坊ちゃま……」
「ああ。ギルベルト。ナマエが帰ってきたのだ」

そうすれば、ギルベルトは驚きに染まった面持ちのまま再びナマエを見る。包帯を巻き、ボロボロの服装や見た目は痛々しくはあるが変わらないナマエの姿だ。ギルベルトは、不自然なほどナマエをずっと眺め続け、そしてスティーブンの方へ視線を送った。スティーブンは未だに難しげな顔をしている。

「この方は」
「ああ。道すがら聞いたよ。クラウスの学友で元同僚、ナマエ・シュトルベルクだってね」
「おう。そうだぜ。ナマエ・シュトルベルクこそこの俺だ」

机上のブレッツエルから目を離さぬままナマエが応える。
それにギルベルトが焦りを顔に滲ませ声を上げた。

「しかし、彼は」
「ギルベルトさん。俺とクラウス、二人きりにしてくれないか?」

今度こそ彼は菓子から目を移し、ギルベルトを見た。ギルベルトが名を呼ばれ後ろを振り向いた。深いブルーの瞳にギルベルトの表情が映っているのだろうが、背を向けている為に表情を認識することは出来ない。薄く笑っている彼ではあるが、瞳は真剣そのもので誰もが拒否することを戸惑うだろう。彼にはそういう、人の奥を覗き見るところがあった。
ギルベルトは短い沈黙の後、了承した。

「ありがとうございます。ギルベルトさん」
「他ならぬ、貴方の頼みですから」
「これは信頼されてるなぁ」

今まできちんとやってきて良かった。と笑うナマエに、ギルベルトは何も返さなかった。しかしその手を机の上の皿へと伸ばす。それに慌てたのはナマエだ。

「あっ、ギルベルトさん片付けなくていいですから!」
「しかし」
「大丈夫ですから。ね?」

片手を使って必死でブレッツエルを守ろうとしているナマエは少し滑稽だ。片目で真剣に願い出ているところなど、先ほどの様子とは似ても似つかない。そんな私にはない場を和ませる部分も好ましかった。
ギルベルトは少し迷ったようだったが、皿から手を引いた。それにナマエは嬉しそうな笑みを見せる。ギルベルトはスティーブンの背後――外部へと続く扉の前へ控えた。

「ああ、それから、現相棒サン」
「……なんだ」
「アンタも下がってくれ」

口角を弧にする彼は、しかし威圧する。今までは友好的な態度を取ってきていたが、スティーブンの様子が変わらない為に言葉を変えることにしたようだった。
だが、スティーブンも譲らない。口を一文字に閉じナマエを見下ろしている。背丈が明らかに異なる二人は、まるで大人と子供のようであるが、どちらも一歩も引く様子はなかった。

「スティーブン。私は平気だ。何をそんなに拘るのだ」
「だそうだぜ。ほら、大丈夫だって」

私の言葉にスティーブンが顔を顰め、ナマエが破顔する。
喜ばしげに手を叩いてから、動物にするように手を振って追い払う動作をする。それに更にスティーブンの顔が険しいものになったが、私とナマエを交互に見た後にスティーブンが口を開く。

「クラウスに一つでも傷をつけてみろ。僕が許さない。いいな」

冷気さえ感じさせて断言するスティーブンに、困惑する。どうしてナマエが私を傷つけるようなことがあろうか。しかしそれを口に出すことはない。二人の問題だ。
ナマエは少し笑った後に、喜ばし気に言った。

「勿論だとも。誰がクラウスを傷つけるものか」

しかし、何故彼も喜ばし気なのだろう。詰られて喜ぶような人間ではなかったと思うのだが。
スティーブンは舌打ちを一つ打って、踵を返した。ギルベルトが扉を開け、そこから二人は外部へと去っていく。

「スティーブン」
「……」
「俺はお前が羨ましいよ」
「……」
「クラウス頼むな」

彼が、本当に羨ましそうに言葉を紡ぐので驚いた。
滲むようなそれは、常々私がナマエに思っていたことと似ているようで、全く異なっている。その光景を見ていれば、歩を止めていたスティーブンが一瞬だけ睨みつけるようにナマエを射抜き、そのまま姿を消した。
二人きりになった室内で、沈黙が支配する。それほどにスティーブンの目は印象深かった。

「はは、“言われなくとも”だってよ」

言葉は発していなかったが、そう彼には伝わったらしい。
朗らかに目を細めるナマエはとても嬉しそうに言った。