- ナノ -


03


やはり、相手はそういった性癖を持った変質者らしい。
これは、もう悠長にはしていられない。いつ犯されるか分かったものではない。
ただ、あれから暫く本当に身体がピクリとも動かず、ただ必死で恐怖に耐えることしかできなかった。それでも前世で成人だった人間かと何度も叱咤したが、良いのか悪いのか、前世ではこのような犯罪に出くわすことがなかったため、体制が一切なかったらしい。恐れを宥めすかして押さえ込み、暫くたってようやく身体が動かせるようになった。

「父さん、母さん……」

だが疲弊しきった精神はこの状況を解決するために動いてくれそうになかった。
喉から漏れるのは弱々しい声で、口を噤む。これ以上開いてしまったら弱音しか出てこないような気がした。
視界が塞がれているから、時計も、空の様子での時間の経過も分からない。私が気を失ってからどれぐらい時間が経っているのかも把握できていなかった。
しかし、おそらくだが先ほどまでの空腹具合から、そこまで時間は経っていないはず。なら、助けはまだ来ない、か。

「個性が、何か個性が使えれば」

ありもしない『もし』を夢想してしまう。無個性でなければ、自分の個性を把握できていれば何か解決策を見いだすことができたかもしれないのに。
だが、今ここで奇跡など起きやしない。自分のあるかも分からない個性を頼って探るより、今の自分にできることをしなければならない。
けれど、今は疲れ切ってしまった。
またあの犯罪者が来たら、こんなことが起こるのだろうか。恐怖が心臓を凍り付かせ、じわじわと身体の体温を奪っていく。
頭を振って、身体にかかっていたシーツをたぐり寄せる。隠れるようにその中に入り込んで、ぎゅうぎゅうと身体を縮ませた。
ああ、無力だ。それが、とても悔しかった。


『―――て、たくさんありますよ』

柔らかな声が聞こえる。
父や母ではない。けれど、確かに愛が籠もった声であることが分かった。

『貴方だったら、――――』

声に呼応するように柔らかな風が蜂蜜色の髪を撫でる。
その声を、その目線を、私はどう思っていただろう。
だが、残念ながら私は、覚えていない。一切、何も。『俺』のことを――。


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