- ナノ -


01


状況は、よく分からなかった。
私はどうやら誘拐、監禁されているようだった。両親には会えず、周囲に自分以外の人はおらず、視界は塞がれている。
謎の言葉を吐いてホークスと名乗った男は私をベッドに戻すとその場を去ってしまった。
後から考えれば聞きたいことは山ほどあったが、そのとき私は恐怖に身が竦んで何も言葉を発することができなかった。相手がどんな人物か分からないのに、何かを口にする勇気は私にはなかった。
『ホークス』の声は『ヒーローホークス』と同じ声に思えた。ヒーローホークスの声は一度聞けば覚えてしまうような耳障りの良い声で、それを間違えるようなことはないとは思う。だが、私を誘拐、監禁したのがヒーローホークスだとは考えられない。
ならば、声が似ている別人か、姿を似せたヴィランだろうか。
しかし、なぜ私を監禁などしているのか。ヒーローホークスであると名乗っているのは犯人を特定させないこと、私の抵抗の意思を削ぐための手段とすると納得できなくもないが、私の家は特段裕福というわけではない。旅行に行くような経済的な余裕はあるが、だからといって直ぐに用意でいる金が多くあるわけではないのだ。
人身売買にしても、私は無個性もどきだ。発現していないため、個性届も「無個性」で提出しているはずだ。それとも、個性に注目しすぎているだけで子供の内臓を欲している犯罪者か。そうすると気を失っている間にでも摘出してしまうのが一番とも思うが、まだ準備ができていないということだろうか。
トラックにはねられかけたところであの犯罪者に捕まったのか、どうなのか。それすらもはっきりしない。
両親に直接の被害が出ていなければいいのだが。そうなってしまったら後悔してもしきれない。
――いや、今はそれよりもこの状況を脱することが最優先だ。
目が見えない原因は怪我ではないことは分かった。四肢は拘束されていないため、目隠しも剥ぎ取れるかもしれない。目元に手を乗せると、肌の感触とは異なる触感が伝わってくる。これは、なんだろう。テープでないことは分かる。独特の冷たさがない。だが、布と言うにはぴったりと顔に密着しすぎている気がする。
とりあえず引き剥がそうと掴んでみようとするが、驚くほどの吸着力で目元にはりつき離れない。意思をもっているかのように目元を抑えている、気がする。そういう素材なのか、それとも犯人の個性か。確かめるように丹念に触ってみれば、十センチほどの長さの短い布のようなものが何個もへばりついているようだった。おそらく、一枚引き剥がしたところで瞼を開けるには至らないだろう。今ここで無理矢理全て引き剥がすのは無謀かもしれない。犯人が戻ってきたときに更に厳重に貼り付けられてしまっては意味がない。
身体を動かすのをやめて、じっと周囲の音を探ってみる。物音一つ聞こえてこなかった。あの男を形容する言葉がないので『ホークス』とするが、あいつがやってきたときの音は聞こえなかった。だが、実際に鳴っていなかったかと言われるとそうではないと思う。あの時は私自身かなり焦っており、周囲の音にまで気を払う余裕がなかった。だが、おそらく相手の動くスピートは早いように思う。焦っていたとしても、人が歩いて近づいてくる音は分かったはずだ。つまり、ホークスは一瞬でベッドまで近づいたと想定される。
視界も奪われている、スピードでも勝てない。成人男性だと思える体格だから、力も勝てないだろう。ならば、頭を動かすしかない。
零れたため息がか細くて、心細いのかと自覚した。
父も母もいない。頼れる人は誰も。存在が確認できるのは犯罪者『ホークス』のみ。
ホークス。そうだ、ここは福岡だから、ヒーローホークスもいるはずだ。ニュースで見た男性は、この地のどこかに。
私が福岡から運び出されていない限りは。だが、あの犯罪者が『ホークス』と名乗ったのならば、地元の人間である可能性もある。パッと出てきたヒーロー名がホークスだったのかもしれない。
助けに、来てくれないだろうか。そう情けなく思って、首を振った。
きっと、ヒーローも、警察も捜してくれている。助けようとしてくれているはず。ならば、私ができることはただ助けを待つだけではなくできるだけ情報を集めてSOSを発信することだけだ。

「大丈夫、大丈夫、大丈夫……」

身体を縮ませて、何度も何度も呟く。そう、大丈夫。怖くない、怖くない。ヒーローが助けに来てくれる。
暗闇の中で、ヒーローの像が浮かび上がった。それはニュースで見たヒーローホークスの姿をしていて、私に手を伸ばしてにっこりと笑った。

「……よし」

ぎゅっと手のひらを握りしめ、身体を起こす。
犯罪者ホークスがいないうちに、部屋の探索をしなければならない。あいつに何かされそうになって逃げるとしても、周囲に何があるか把握していないと逃げた先で怪我をしてしまう可能性がある。最初にベッドから落ちたときのように。あの時、犯罪者のホークスに助けられた形となったが、今後はどうなるか分からない。
何故助けたのか、やはり怪我をして品質が落ちることを恐れたのだろうか。それか、一定の信頼を得るためか。
まだ情報が少ない、部屋の捜索が先だ。

「確か、あの時はここら辺で……あった」

ベッドの終わりを見つけ、手がスカスカと空を切る。縁を辿るとおおよそ2メートルほどの辺だろうか。そのまま別の辺を確かめると、1.5メートルほどであると分かった。ダブルベッドぐらいの大きさだろうか。

「なんだこれ……」

端を確かめていた時に、頭に当たった布に首を傾げた。何か、布が垂れている。これもさわり心地がいいが、通気性が良さそうな布だ。
辿っていくと、座っているままではたどり着かないほど上まで続いている。おそるおそる立ち上がるが、それでも終わりには手が届かなかった。立ったままゆっくりと一回転してみれば、伸ばしていた手に再度布が触れる。しかし先ほどの布とは別方向にある。逸れも同じようにベッドの縁から上へと続いているように思えた。

「……天蓋?」

思い浮かんだのはベッドを布が覆うような天蓋ベッドだ。なぜ、天蓋なんて……あまり、一般家庭にあるようなイメージではない。
女の子の家ならあるのだろうか。私は今生は男だし、そういうものとは縁遠い。
ただ、そうすると縁で手が空を掴んだ場所は天蓋がない――または天蓋が開いているということになる。そちらの方へ手を伸ばして、空でない終わりを探せば、確かに布のようなものがあり、引っ張れば動きそうな気がした。
僅かにゾッとする心を抑え、深呼吸をする。
五歳児を誘拐、そして天蓋ベッドに眠らせて、自分をホークスと名乗って信頼を得ようとする。

「ショタコン、か?」

それならば丁重に扱おうとしてきた理由も分かる。咄嗟に服を着ているか確認して、おそらく気を失う前と同じ格好に安堵した。
身体も、目元意外に何かされた感覚は、一応ない。
思いついた脅威に、喉が渇くのを感じた。
ヒーローも警察も探してくれてはいるだろう。だが、これは……早く、脱出しなければならないかもしれない。


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