- ナノ -


03


病院で目を覚ましたものの、傷としては軽傷であった私はすぐに退院の許可が出た。
精神的な負担について心配されたため何かあったら直ぐに病院へ。とは両親がいわれていたものの、身体的には問題ないのはお墨付きをもらったということだろう。
骨折も指の骨と言うことで経過を見て地元の病院で診てもらえればいいとのことだった。
そのままパトカーに乗って警察署まで連れて行ってもらう。両親はもうヒヤヒヤとしていて、何度か止めた方がいいのではと言われたがずっと首を横に振り続けた。
個性が使用されても滅多なことでは破壊できない、特殊な部屋で事情聴取されているというホークス。安全のため、塚内警部が一緒に部屋に入って貰うことになっていた。
ドアに手をかけながら、塚内警部がこちらを見ずに聞いてくる。

「どうして、君はそこまでホークスを信じられるのかな」

その言葉に、目を瞬かせる。それは、まぁ、そうだ。自分でも不思議に思う。
ニュースと漫画だけの知識だ。しかも漫画とはこの世界は違うところがある。ヴィランだったキャラクターがヒーローになっていたりする。ならば、ヒーローだったらキャラクターがヴィランになっていてもおかしくないだろうに。それに、主人公達がヒーローとして活動しているから本編より数年後の世界だろう。人は変わるものだ。正義を胸にしていたものが、どうにもならない事情でそれを捨てていることもあり得る。
そうはいっても。

「分かりません。けど、ホークスは、ヒーローなんです」
「そうか」

塚内警部はドアに力を込めながら、独り言のように「僕もそう思うよ」と言った。

部屋の中には、赤い羽根をこちらに向けた男が椅子に座っていた。けれど手を手錠で繋がれて、羽はいくつかの布で一つにまとめられていた。まるで犯罪者だ。
扉が閉められて鍵がかけられる音を聞きながら、歩き出した塚内警部の後ろについていく。
人が入ってきたのは分かっただろうに、顔を向けない彼の横を通って正面に移動する。そこで漸くゴーグルが取り払われた視界とぶつかった。

「どうして、君がここに」

呆然として、思わずといった風に漏れた言葉にあの部屋で会った人物とは別人だと確信する。
確かに正気があるホークスに内心ほっと息をついた。だが、相手はそうではなかったらしい。見開いた目がこちらを外れ、私を連れてきた塚内警部へと向いた。

「塚内さん」
「僕だって止めたさ。けど、どうしてもって言うもんだから」

鋭い声は明らかに塚内警部を責める空気を纏っていて、無理を言って着いてきた身としては居心地が悪い。
塚内警部は特に動揺した様子もなく返し、私を彼の正面の席へと促した。机に挟まれて、椅子に座った――というより拘束されたホークスと対面する形となる。
警部は私の後ろに立って、様子を見守ってくれるようだった。あの部屋とは違って一対一ではない。大丈夫、ちゃんと話せる。

「ホークス、話を聞かせてください」

彼は目を見張って、それから苦しそうに顔を歪ませた後に顔を背けた。
少しの間、その横顔を眺めて僅かに下がっていた顔を上げて再度口を開く。年相応に座高が低いので顔を上げないと彼をよく観察できない。

「本当に、ホークスが、やったんですか」

僅かな沈黙。しかし部屋の側面を見つめていたホークスが小さく口を開いた。

「そうだよ。俺が、君を酷い目に遭わせた」

悔やむような、懺悔するような聞いているこちらの胸が痛む自白だった。言わせたこちらが悪いことをしているような、そんな気分になってしまう。
ホークスはYesと言い、自分がやったと認めた。父や塚内警部の言うとおり。
嘘、と零しそうになって、慌てて口を引き締める。一文字にした口元で、眉間に皺が寄るのが分かった。
ホークスは、あんなことしない。そう感情的に詰りそうになるのを堪えて、発端を思い出す。

「俺、猫を追いかけて、道に飛び出しちゃって、でも傷もなくて。助けてくれたのは、ホークス、なんですか」

意識を失う前、トラックにひかれる寸前だった私。それは父から聞いた話でも証明されている。ぶつかる寸前に私だけが消えて、猫が残っていたとトラックの運転手が証言している。ならば、助けてくれたのは、ホークス。ということになる。
未だにこちらを向かない彼を見つめていれば、苦しげに顔を歪ませたまま答えが返ってくる。

「そう、だよ。俺が剛翼で助けた」

正しいヒーローの姿だ。確認もせずに飛び出した子供を助けた地元のヒーロー。

「そして、君を浚った」
「……なんで」

救ってそれで終わらせれば良かったのだ。おそらく、そこで私は気を失っていたのだろう。眠りこける私を両親に返して、感謝を伝えられていつもどおりに行動していれば。そうしていれば良かったのに。
どうして私を浚ったんだ。更に監禁して、どうしてあんなことを。
教えてくれと彼の目を見つめていれば、ホークスは観念したように顔をこちらへ向けた。

「――君には、関係ないことだよ」

そして、そんな素っ頓狂なことを言った。

「か、関係、ない?」
「そう」
「浚われて、監禁されたのに?」
「ああ」

首筋から頭の天辺にかけて、火山が吹き上がるように熱くなる。今、私の顔はきっと真っ赤だろう。
関係ないって、関係ないって言ったのか、この人は。
そう、じゃない、ああ、じゃない。な、何を肯定しているんだこいつ。
な、なんだ? 私が、子供だから、五歳児だからか? だから気を遣って関係ないなどと言っているのか? 自分で言うのもなんだけど、気持ち悪いぐらいしっかりした子供だろう。わざわざここまで話に来ているんだから、精神年齢五歳児だとは考えられないだろう。大人びた子供ぐらいには思われてるはずだ。そもそもホークスがあの犯人だったら、部屋から逃げたのを見ているだろう。普通の五歳児じゃない、気遣いなんて必要ない。
拳を握りしめかけて、右手の痛みに正気に戻る。ダメだ、冷静になれ。

「そ、ですか。じゃあ、質問を、変えます」

冷静になれ冷静になれ。血を上らせるな、深呼吸しろ。
一度目を閉じて、冷たい息を確かめる。身体が火照っていて、殊更平常心を意識した。
目を開けた先でホークスは、硬い表情ながらも先ほどの苦しさは幾分か拭われた顔をしていた。

「ヴィランに、操られていたんですか?」
「ヴィラン?」
「はい。その、あきらかに、正気じゃなさそうだったから」

あれがホークス自身だというのなら、そうなった理由があるはずだった。正気であの暴挙をしていたとは到底思えない。会話はなかなか通じないし、正常だったら他人の子供の下の世話なんて嘘でもしないだろう。本人が自供していると聞いて、思いついたのが操られていたのでは。という仮説だった。
彼は僅かに目元を震わせた後、淡々と言った。

「操られてないよ。俺は正気だった」

琥珀色の瞳が私を写している。けれど、どこか――濁っているように思えてゴクリと喉が鳴った。

「君に、酷いことをしたのは。……申し訳ないけど、俺だよ」

切ない、湿った音で告げられた言葉に、頬の熱が冷めていく。
どうしてそんなことを言うんだ。そんなこと、するはずないのに。私は、信じてるのに。
幼心を、このヒーローは、裏切っていくのだろうか。そう悲嘆にくれて、そうじゃないと思った。裏切りではない、その言葉は正しくない。そもそも、裏切りという言葉はこの人には似合わない。裏切らない人だ、ヒーローは、ホークスは、この世界は――超常解放戦線は、ないはずだから。

「ひ、ヒーローは、そんなことしない」

ポロリと零れ出た言葉に、しまったと口を覆った。けれど、一足も二足も遅かった。
聞き取ったホークスは口を開く。

「なら俺は、ヒーローじゃなかったんでしょうね」

――なん、て?
後頭部を鉄バットでフルスイングされたような激しい衝撃に、ぐわんと身体が揺れる。
口を押さえていた手で頭を支えて、椅子から落ちることは阻止したが、痛みに頭がぼーっとした。
なんだこれ、誰かに殴られた? 塚内警部、はそんなことするはずないし。なら、これは――。
心臓がドクドクと鳴り響いて、視界がきゅうと狭まって、そしてドッと赤くなる。ああ、これは、怒りか。
また、私は怒っているのか。
僅かに呆れ、しかし当然だと憤怒の本流が思考を全て浚っていく。だってそうだ。彼は今なんて言った。『ヒーローじゃなかったんでしょうね』? なんだそれ、馬鹿にしているのか。ヒーローを、仕事を、何より、ホークスを!

「て、撤回、撤回して」
「何を――」
「ホークスは、ヒーローだって、嘘だって」

冷たい鉄の机の縁を握りしめて、必死で怒りに身を任せないように制御しながら言葉を紡ぐ。
汗がにじみ出て、息が荒れる。だがそれを悟られないように、無理矢理息を潜めた。おかしな様子を見せたら、この話し合いが打ち切られてしまうかもしれない。
だっていうのに、ホークスは主張を変えない。

「……一般市民に危害を加えたんだ。もう俺は」
「ッ、正気だったって言ってたけど、明らかにおかしかった。話は通じなかったし、俺を見ているようで、違う何かを見ているようだった」

背後で、塚内警部が僅かに動く気配がした。動くな、動くな、まだ、まだ終わってないから……!
右手が痛む、だがその痛みが私を怒りから切り離してくれている。冷静になれ、熱くなるな。しっかりしろ!

「ヴィランによる攻撃じゃないなら、何かの薬物、もしくは個性によって異常な状態にあったのかも。薬、何か薬を服用して、幻覚が見えてた可能性も、あるし、個性によるものなら、知らない内にかかっていることだって考えられます」

もうダメだ。子供としては話していない。多少なりとも取り繕っていた仮面も全部投げ捨てられた。
個人的に服用している薬による副作用で正気を失っていたかも知れない。ヒーローとして様々な人と接触する仕事なのだから、個性に知らぬうちにかかっていた可能性だって否定できない。薬も個性も、相手に害意がないから自覚していないだけで、ホークスが異常な状態になっていた可能性は十分にある。
食いしばった歯の隙間から熱い息が零れ出る。これ以上熱くなるな、ここは話し合いの場だ。納得できる説明を得るためにここにいるんだろう。私は。

「それでも」

蜂蜜色の青年は、酷く冷めた――寂しそうな瞳で私を見た。

「それでも俺がやったことは、ヒーロー失格だ」

静かな部屋で告げられた言葉に、沈黙の帳が落ちる。
ホークスは言葉を続けない。黙って、目を伏せた。塚内警部も、口を挟まない。
シンと静まりかえった室内に、私だけが激しい鼓動音を感じていた。血流が全身を暴れるような、熱湯が血管を通って隅々まで煮えだぎらせるような。

「ふざけるな……」

吐き出すように出てきた言葉は、灼熱のマグマのようで、しかし小さすぎた声は水蒸気のように霧散した。
だが小さな音を感知したらしいホークスの視線がゆるりと動く。
気づいたときには左手に衝撃が走って、机が激しい衝突音を鳴らしていた。

「薬による副作用なら私生活に支障が起こる可能性を伝えなかった医療者側に責任が発生するでしょ、それに副作用での幻覚等での過失だったらなら裁判でそれ相応の弁護の余地がある。ホークスは副作用云々を知っていて誰にも言わずに勝手に仕事して勝手に人攫いするような馬鹿じゃない。個性によるものだったらもっと顕著だ。ヒーローはパトロール中に救助等で人々と関わることが多いから個性事故の割合も多い。それに緊急時だった場合は意図せず個性を発動させてしまう市民だっている。それによる仕事への影響だったら弁明の余地もあるだろうに何がヒーロー失格? 俺を浚った日、すでに何件も事件を解決してたんじゃないのか?」

舌がもつれて呂律が回っているか分からない。ただ頭に浮かんだ言葉を喋り続ける。
脳が働かない。ストッパーが全部怒りで壊されていた。机を叩きつけた左手はじんじんと痛みを発しているはずなのに、脳まで届いていない。

「貴方は明らかに俺を見てなかった。俺を通して別の何かを見ていた。ヒーローとしての貴方を忘れさせるような何かを見せられてた」

ダン、と机を叩く音が右から聞こえて。白い包帯の塊が見えて、自分が右手までも使って机を叩いたことを知った。馬鹿か、骨折れてるんだぞ。
もう、ホークスを馬鹿にできないぐらい、私は馬鹿だ。話を聞くためにやってきたのに。やっているのはなんだ? 無罪を証明したがためにわがままを言っているクソガキじゃないか。でも、それでも、それでも納得でないんだからしょうがないじゃないか。諦めきれないんだから仕方がないじゃないか。
相手が端っから諦めてるから、どこまでも怒りが湧き出てくるんじゃないか。もう、止められない。噴火した火山は止まらない。
ホークスは唖然とした表情で、口が小さく開いていた。けれどその口は動いて独り言のように囁く声が聞こえる。

「貴方、ですよ」
「は?」
「貴方を、見てたんですよ」

は?
いやだから、違うだろ。そうじゃないだろ。何言ってんだ馬鹿なのかバカバカあほ間抜けそういうことを言ってるんじゃない。
沸騰した脳内はもう小学生以下の罵詈雑言しか行き交っていなかった。でも私五歳児かじゃあ合ってるのかって合ってない違う私は成人済みだ。
引き攣る顔を歯ぎしりすることで押しとどめ、睨み付けて続きを促す。相手はこちらの様子を全く鑑みず、ただ呆然と――あの時の濁った瞳で私を見ていた。

「貴方を――エンデヴァーを」

――何か、厚くて固いものに罅が入るような音が脳内から聞こえた気がした。
エンデヴァー。それは、確か五年前に亡くなったヒーローの名だ。
勿論知っていた。ヒロアカでも主人公の友人の父として出てきて、長年No.2ヒーローとしてオールマイトを超えようとしていたキャラクター。そしてNo.1になってからは自らの行いを改め、未来を担保するために歩み出した一風変わったヒーローだったはず。彼がNo.1になったとき、No.2はホークスだった。
私は、エンデヴァーじゃない。当然だ。確かに、黒髪で碧眼であるところは同じだが、それだけだ。彼が生きていた時にはまだ生まれていないし、明堂火花という別の人間だ。そんなのは見れば直ぐに分かることだ。
けれど、眼前のホークスは様々な欲のようなもので濁った目で私を『エンデヴァー』として映していた。正気の色が薄れている。
それにホークスは本気で言っているのだと悟る。それならばと、一つの結論が出てくる。
割れた音がした脳内から、何かがあふれ出るような感覚を覚えながら、口を開く。

「じゃあ、ホークスは、俺をエンデヴァーと間違えて浚ったのか?」
「違う、貴方は――!」

見開かれた目は血走り、ホークスは勢いよくその場から立ち上がった。椅子がひっくり返り大きな音を立てる。

「ホークス! 動くな!」
「貴方だって分かってるでしょ! その人は――!」

背後から一歩踏み出した塚内警部がホークスを牽制するが、逆に興奮したように息を荒げて反論する。
一触即発の雰囲気の二人に、しかし私はそれどころではなかった。
頭が割れるように痛かった。身体は火に炙られているかのように熱いし、脳が溶け出しそうだった。頭で聞こえた破壊音が、身体に強烈な変化を及ぼしていた。
汗が噴き出してくるのに、垂れずにじわりと肌に吸い込んでいくようで不快だ。
机の上から腕を引きずって、頭に手を当てれば嫌なにおいが鼻腔をついた。瞑っていた目を開けば、頭に当てた右手の包帯が、なぜか茶色く変色している。なんだ、これ。

「ホークス、今の君は普通じゃない。警察の前に専門の病院に行かせた方が良かったな」
「何言ってるんです、俺は正常だ。どうして分からないんです! 誰がどう見たって、彼は、エンデヴァーさんでしょう!」

私が四十代の四人の子持ちの亡くなったヒーローだって? そんなわけないだろ何をどう見てるんだ。幻覚っていったって酷い。
おかしいだろ。もうホークスは全く正常じゃない。正気を失って、私の向こうにエンデヴァーを見ている。早く病院でもなんでも行けばいいんだ。薬か個性かは分からないが、これでホークスの症状の意味も分かるだろう。
だっていうのに目の前の男は、塚内警部の制止を振り切って拘束されていた羽を個性を使用して解放していた。広くない部屋に目一杯広がった翼に、意識が朦朧とする。

「エンデヴァーさんは生まれ変わったんだ! だからこうしてここにいてくれている、俺の前にいてくれてる!」
「くっ、ホークス! やめるんだ!」

赤い羽根がばらまかれ、宙に浮いている。塚内警部の焦った声が聞こえるが、もうそれどころではなかった。頭痛で頭は割れそうだし、体中が熱くて脳も動きを止めている。
ホークス、本当に錯乱しきってしまっているんだなぁ。生まれ変わりって、そんなファンタジーなこと起こるわけないだろう。一度ならず二度までも、そんな奇跡が起こるわけない。そんな嘘みたいな、奇跡が――。

「エンデヴァーさん、俺が守ります。絶対に貴方を害させない、苦しめさせない、だから――」

ぼやけた視界が晴れた時、目の前に蜂蜜色の髪をした男が懇願するように手を伸ばしていた。
頬に湿布のようなものをはっていながら、一つもその端正な顔を邪魔していない。少し、歳を取ってはいたものの、それでも若いことには変わりない青年がいた。
だから、その手を取ることはできなかった。

「ッ、あッつ」

乾いた音が響いて、手が弾かれる。私に払われたホークスの手は、彼の胸元に戻っていた。だが私の弱い力だけでは振り払えなかったであろう腕を弾けたのは、そこに熱さがあったからだ。熱を忌避するのは正しい本能だ。巻かれた包帯は松明のように燃えていて、しかし熱さによる痛みを感じさせない。息をつくと、肺にたまった酷い熱がまろび出た。
頭痛と熱さにやられながら、ストッパーが外れたままの脳から言葉が垂れ流される。

「うるさい、黙れ」
「エンデ」
「黙れ、ホークス!」

思ったよりも大きな声が出て、反響して激しい頭痛となって返ってくる。だが、自分の身体を慮るための思慮は一切働かなかった。
分かるのは、目の前のホークスが正常でないことと、ただ自分が怒っていることだけだった。怒りが持続し続けて一向に減少しない。これまでの経験上、熱さは怒りのボルテージだった。熱さが一つも薄れないのが怒りの証拠だ。

「さっさと病院にでもなんにでも行け!! 濁った目で俺を見るな!」

そうだ、不愉快だ。私を見ているようで全く見ていない。自分の理想しか目に映していない狂人の目をして。
お前はそんなんじゃないだろう。もっとちゃんと俺を見ていただろう。隣で、俺という人間を。

「正気の眼で俺を見ろ!!」

頂点に達したと思っていたボルテージが更に突き抜けた。
目の前が塗りつぶされたように真っ赤になる。同時に、机に置いていた手が机をすり抜けた。
ブチリと何かが切れる音を聞き、鼻から何かが垂れる感覚に手を伸ばそうとして、手のひらが、いや、それどころか腕や足、全身が火を噴いていることに気づいて――なるほど、怒りでなく普通に炎のせいで熱かったのかと理解しながら、意識が燃やされ消え失せた。


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