- ナノ -


01


ホークスは、正しくヒーローだった。ニュースで見たそのヒーローは難しい事故を対処しただろうにヘラリとしていて余裕を感じさせた。ニュースを視聴していた市民達は彼への賞賛を口にして、誇らしそうに笑っていた。
私の知っているウィングヒーローはそういう人だった。
この世界では分からなかったが、漫画でも彼は自らの正義のために真摯に戦っていた。苦しさや悔しさがあるだろう、まだ若いだろうに、それでもヒーローが暇を持て余す世の中にするために尽力していた。
だから、恐怖でごちゃ混ぜになった脳内で弾けるように怒りが点火した。
お前に何が分かるんだと。あの青年の何を知っているんだと。
けど、笑ってしまうなぁ。だって私は、ただニュースと前世で読んだ漫画という限定的な部分でしか彼を知らないはずなのに。どうしてこんなに我を忘れるほど怒っているんだろう。怒れる権利があると信じているんだろう。
どうしてだろう、分からない。けど、恐怖が全て怒りの燃料になるほどに、我慢ならなかったんだ。

「火花!」
「……かあさん」

視界は、闇ではなかった。白い部屋に見慣れた、しかし酷く懐かしく思える顔。母だった。
滅茶苦茶に抱きしめられて、騒ぎを聞きつけた父が扉を蹴破る勢いで現れて母ごと抱きしめられた。
二人の温度に、帰ってきたのだと理解できた。

状況が把握できず、混乱しながらも話を聞く。
旅行中、母がトイレに行っており父が地元の人に道を聞いている最中。私が姿を消したらしい。最後の目撃情報はトラックの運転手。猫を抱えて飛び出してきた子供が黒髪の男の子で、服装も合致していた。だが、その男の子ははねられることなく、まるで煙のようにその場からいなくなった。残されたのは無傷の猫だけで、男の子は消えたのだと。
両親は直ぐに警察に相談し、私の捜索が開始された。だが一日経っても私は発見されなかった。状況からヴィランによる犯行だと考えられ、ヒーローも交えて捜索が行われていた。そこにはもちろん、No.2ヒーローの姿もあったそうだ。だが捜索むなしく失踪して二日間が経とうとしていた真夜中。
マンションの上階で、激しい爆発が起こったらしい。マンションの一部屋を吹っ飛ばすほどの爆発で、目撃した市民により警察と消防が呼ばれた。だが、ヒーローは呼ばれなかった。そこにはすでに最速のヒーローがいたのだ。
そのヒーローが一人の子供を抱えていた。服がほぼ焼け焦げていたが、火傷による怪我は一切なかった少年――それが私だった。
対して、ヒーローは服で保護されていなかった顔などに火傷を負っていたらしい。ここまでだったら、ヒーローが少年を爆発事故か何かから救ったという美談で終わるところだろう。だが、そうはならなかった。
病院に少年を引き渡したウィングヒーロー、ホークスは自分が少年を浚った犯人だと自白したそうだ。

「……ホークスが、犯人?」
「そう……。まだ知っている人は少ないんだけど、私たちにはって教えて貰ったの」

母が喉に言葉を引っかけながら話してくれる。
知っている人は少ない、ということは世間にはまだ公表されていないということだろうか。被害者の保護者だから伝えられたのだという母は、気まずげな顔をしていた。
犯人のところで詰まったので、何かあったのかと思ったが、なんということか。自分の関わったことだからとほぼ無理矢理教えて貰った私は幾度か口を開閉させた後に、ようやく声が出た。

「ほ、ホークスじゃないよ。犯人は、違うやつだよ」
「火花……。犯人の顔を見たのかい?」
「み、見た、けど……」

気遣いながら尋ねてきてくれる父に、しかし言葉が詰まる。
顔は見た、何度も、至近距離でしっかりと。けどそれは、

「ホークスの、顔してた、けど」
「それは」
「で、でも違うんだよ! ホークスじゃない! ホークスの姿してたけどッ、ホークスはあんなことしない!」

思わず手に力を込めると痛みに身体が縮こまった。慌てた様子で母が背中をさすってくれる。
火傷での怪我は確かになかったが、その代わり握りしめた右手の骨が折れていた。指の骨なので包帯で固定されているが、力を入れてしまうと痛みが走る。
深く息をついて痛みを誤魔化してから、顔を上げる。

「ホークスじゃないよ、ホークスじゃない」
「落ち着くんだ。分かった、火花は違うと思ってるんだね」
「うん」
「……けど、ホークスは自分が犯人だって、言ってるんだよ」

そう。教えて貰った限りでは『そう』らしかった。
また、状況的にも現場に最初からいたのはホークスのようだった。つまりホークスの自白は矛盾していないということだ。
けれど疑問は残る。なぜホークスは私を誘拐したのか、なぜわざわざ自白したのか、なぜ爆発が起きたのか。
怒りが頂点に達した後の記憶は、私には存在しなかった。ただ血が沸き立つほどに熱かったという記憶しかない。あれはもしかして、怒りではなく爆発の熱さだったのだろうか。それとも――。
ドキリとして、怪我をしていない方の手のひらを目の前に持ってくる。
ぐっと、何かを掴むように手に力を入れる。もしやと思ったのだ。父と母が何事かと心配げに見つめてくるが、今は意識を集中させる。暫くじっと手のひらを見つめ続け――何も起きないことが確認できてベッドの上に手を放り出した。

「どうしたんだい?」
「ううん。なんで爆発したのかなって……」
「ああ、どうやらガス漏れが原因だったらしい。事故だって」
「そっか」

事故か。なら私はそれに助けられたのだろう。でないと、あの後何が起こっていたか。
冷静に考えてみると、私の計画はちゃちなもので大失敗だったなと思う。外に出られたものの、結局私の声は誰かに届いてはいなかったようだし。
いや……届いていたのか。ウィングヒーローに。でないと、爆発から私を守ってはくれていなかっただろう。だがそのヒーローは自らが事件の犯人だと自白している。

「ホークスは、捕まってるの?」
「ああ。警察がお話を聞いてるって」

事情聴取をされているのか。自分が犯人だと説明でもしているのだろうか。
どうしてそんなことを。あれは、本当にホークスだったのだろうか。ホークスと名乗って、啓悟を本名と告げて、剛翼を使用していたヴィラン。
確かに、傍からみたらヒーローホークスにしか見えないし、できない芸当だろう。しかし何度ホークスが犯人だと聞いたって、それを証明する状況証拠が幾らあったって、私はなぜか彼があのヴィランだと信じる気になれなかった。

「ねぇ、俺も警察からお話聞かれるの?」
「そうだね。落ち着いたら、話を聞かせて欲しいってくると思うよ」

頷く父に、目を伏せる。目に入った包帯の直ぐ下に赤いあざが残っていた。
ウィングヒーローは小さな子供を押さえ込むために、あんなことをする男なのだろうか。何かを人に被せて一人お人形遊びに興じる人間なのだろうか。
私はさ、違うと思うんだよ。
お前はそんなやつじゃないだろう。

「分かった。ちゃんと話すよ。でも、お願いがあるんだ」

信じられない、だから、彼の話をちゃんと聞きたい。


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