- ナノ -


05


最悪だ最低だ下劣だゲスだ。殺意とはおそらくこういうことだ。
覚えたくなかった。こんな感情。
もう、抵抗などできなかった。赤の他人、しかも犯罪者に下の世話をされるとか、本当に最悪だ。
しかもその後「寝る前に歯磨きしないとですね」などと言われ、歯を磨かれた。もう抵抗する気力も何もなく、当然のように犯罪者が歯を磨こうとするので大人しく従った。
もう疲労困憊だった。睡眠を取って体力が回復していたはずなのに、あんまりにもあんまりな展開に根こそぎ持って行かれた。
変態は何一つ動揺せずに行っていた。手慣れている、わけではなさそうだったが、テキパキと器用に全てをこなしていた。それも本当に気持ちが悪い。
心が折れる、ことはない。絶対にここから逃げおおせてやる。そして犯罪者は絶対に檻の中に入って貰う。絶対に。
けれど、本当に、疲れてしまった。ほぼベッドの上で過ごしているのに、気力の残りかすもない。

「……ヒーロー」

ついに零れた弱音は、しかしそれだけで止まった。
ヒーロー、ヒーローホークス。どうか、どうか助けてくれないだろうか。
私を父と母の元へ、返してくれないだろうか。
どうか、どうか。


『してあげたいことなんて、―――』

思えば、それは愛だったのだと思う。
若者らしくない、自分本位でない愛情はただ静かにこちらを向いていた。
知ってはいたが、受け入れるわけにはいかなかった。たとえこちらが特定の相手と別れていたとしても。
早く憧れや羨望を振り切って、正しいものを見つけろと。

『―――、なんでも』

だから、受け入れなくて良かったのだ。
『俺』はもういない。存在しない。一欠片さえ。
そう――二度も奇跡は起こらない。


prev next