- ナノ -


04


目を、覚ました、のだと思う。
視界は相変わらず暗いままだったが、淀んだ意識の中で視界がないということは夢ではなかったのだと理解した。
私は依然、監禁されたままなのだと。シーツの中で四肢に異常がないことと目元の目隠しを確認し、自分を落ち着かせるために深く息を吐いた。
もぞもぞとシーツの中から這い出てみる。息苦しさはなくなったが、それだけだ。真っ暗な視界ではそれ以外の違いは分からなかった。
耳を澄ませてみても、相変わらず周囲の物音は聞こえない。状況は変わらずじまいだ。
希望は全く捨てていないし、自分ができることをするつもりだ。だが、落ち込む心境はどうにもならない。
そうして上半身を持ち上げたとき、漸く気づいた。

「ッ、トイレ、どこ……」

……思えば、気を失ったときからトイレに行っていない。そして眠ってしまう前にスープを飲んでいたから、子供の膀胱など直ぐに限界値になってしまう。
やはり、それほど時間は経っていないのだと改めて感じると共に、あまりにもあんまりな状況に脂汗が流れた。
部屋の配置も分からない状況で、トイレ? そんなところ、分かるわけがない。けれど、このままベッドで漏らすわけにはいかない。誘拐され、監禁されたとして、そこまで人権を剥奪されてたまるか。絶対に嫌だ。我慢ならない。
けれど、自覚してしまった尿意は凄まじく、立ち上がることはできそうになかった。這いずって移動することしかできないほど、限界が近かった。
尿意を自覚するにしても、なぜもっと早く自覚しなかったのか。おそらく、緊張や不安によって押さえ込まれていたのだろうが、それにしたってここまで。
歯を噛みしめて、顔が勝手に歪む。額から汗が流れて、目隠しにしみこんだ。

「火花さん」

ベッドからどうにか下りようとしたときだった。扉が開く音と共に、その声が聞こえてきたのは。
まずい、と思った。何がどうまずいか分からなかったが、激しい動揺が走った。
あの変質者に、知られてはならない。脳内で警報が鳴り響き、拳を握り混んだ。男は以前と同じようにわざとらしく足音をさせて、私に近づいてきた。

「……苦しそうですね」

まるで痛ましいものでも見るように紡がれた言葉に、下唇を噛みしめる。表情が見えないから、そこが好き勝手に歪んでこちらをあざ笑っているように思えて、屈辱に胸が潰されるようだった。だが、今はそれどころではない。
この男をやり過ごさなければ。
常識に沿って考えるならば、この犯罪者のホークスにトイレの場所を聞かなければならない。そして、ともすれば連れて行ってもらわねば。だが、それをしてしまったらどんな反応が返ってくるか考えるだけで嫌悪に思考が霧散するほどだった。

「大丈夫ですよ。俺がなんとかしますから」

近くで聞こえた声に、咄嗟に後ろへ引き下がろうとして、手首を捕まれる。
意図しない衝撃に、脂汗がどっと溢れた。辛い、きつい、もう、我慢が、

「さ、仰向けになってください」
「は、ぁ?」
「苦しいんですよね。大丈夫ですよ、今すっきりさせてあげますからね」

そう言って、肩を掴まれる。
何を言っているんだ? こいつは、まさか、だけれど、知っているのか。分かっているのか? ……違うよな、別の、何かだよな。私の思考回路がそちらにずれてしまっているから、そう思ってしまっているだけで。
抵抗しようとしても、力強い腕に抑えれてしまえば状況も相まって相手のされるがままになってしまう。
そのままベッドに横にされて、ごそごそと何かを取り出す音を聞く。
身体は強ばるのに、脂汗は一向にやまない。どうにか筋肉を引き締めて耐えているが、我慢も限界に近かった。

「あの、」
「ホークス、ですよ」
「ッ、トイレ、に生きたいんです、けど」

何かを用意している様子の男に、言ってはならないと思いながらも白状した。言わなければ、もっと酷いことが起こる気がしたのだ。
そもそももう限界だったし、このまま放置されれば漏れてしまう。しかも、男の目の前で。それだけは避けたかった。
けれど男は、あっけらかんとして言った。

「分かってますよ。遅くなってすみません」

理解が全くもって及ばなかった。ただ、分かるのは男が変質者で、頭がおかしいということだけだった。
分からない、分からないがそれでもこのままなのは危険だと本能が察知して、我慢の限界などと言う言葉は頭から消し去った。限界がなんだ、膀胱が破裂しても我慢しろ、でないと、でないと私の人間としての尊厳がなくなるぞ。
咄嗟に身体を動かして、シーツの中に逃げ込もうとした。だが、近くにあったはずのシーツが手に取れず、必死で腕を動かす。

「ほら、そんなに動いちゃ漏れちゃいますから」

ひ、と声が出そうになって、無理矢理喉奥へ押し込める。
腕をもたれて、元の体制へと戻された。そして、履いていたズボンに手をかけられる。

「は、やだ、嫌だ、やめて、やめてください!」
「わがまま言わないの」
「わがまま、って……!」
「そうでしょう、このままじゃ漏らしちゃいますよ」

自由な両手でズボンにかかった手を掴んで抵抗する。やはり、男性の腕だ。しかもかなり鍛えられてそうな。
だがそんなことより今はこの変態を止めなければならなかった。わがままってなんだ、漏らしちゃうってなんだ。お前のせいだろ、お前の、お前の!
うめき声をあげながら必死で抵抗していれば、小さくため息が聞こえた。そして次の瞬間に腹に重み。

「ッ、うぁあ!」
「こんなに膨らませて、辛いでしょうに」
「や、めて、やめてッ……!」
「いい加減にしてください。俺は別に良いんですよ――」

ぐい、ぐい、と腹を手のひらで推されている。すでに限界すれすれだった尿意は、本当に爆発しそうだった。
酷い、酷い、最悪だ、鬼畜だ、変態、変質者、犯罪者。泣きそうだった、苦しくてお腹が痛くて頭を左右に振る。
はぁ、と耳元で息づかいが聞こえた。腹への圧迫がなくなり、歯を食いしばりながらも頭を振るのを止める。怖い、逃げたい。けれど、耳元の声は恐ろしく、どろりとした色で言う。

「ここで漏らしてもらっても」

手が震えた。その声は……優しかった。
慈悲を与えているように、まるで我が子に仕方がないなと妥協するように。
父や母がするような、愛さえ感じられる声色だった。

「ゃ、だ、いや、だ」
「じゃあ、大人しくできますね」

やだ、嫌だ、やだやだやだやだやだ。
絶対に、心底、どう考えたって嫌だ。嫌だった、けれど。

「ッ、ぅ」

腹を撫でられながら、ゆっくりとズボンに手をかけられる。
もう、無理だ。少しでも他に力をいれたら、もう我慢できなくなる。
――最悪だ。


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