? 呪われたフルートのかぼそき単調な音色の只中 ちょっと手荒な事をしてしまった。反省である。 彼からしたら私なんて化け物でしかない。怪物であるし、神とか名乗ってるし、彼は傷だらけで生贄として連れて来られたところをニャルに更に連れ去られてきたのだ。そりゃあ警戒心は拭いきれないし、喉が腫れたぐらいじゃあ自分から申告したりもしないだろう。 だから私がしっかりしなくては。彼が口に出さなくても傷を察知して治せるように! そんなペットは口がきけないんだから飼い主がしっかり見ててあげないといけない。なんて忠告を思い出させる考えをしつつ、彼を様子見である。いつもの恒例だ。 彼は私が置いていった軟膏をなかなか使いたがらなかったが、数日経って効果が表れたのか、それ以降は使用するようになった。うんうん、いいぞいいぞ。 そんなわけで私は特にする事も無く、一日(だと思われる)三回の食事を運ぶだけの簡単なお仕事をしていたら、彼がどこに向け出ても無く言葉をかけた。 「出てきてくれないか」 ……これは、私に対してだろうか。というか私しかいないし、出ていくとしたら触手しかないのだが。 なので触手を伸ばして肩を叩いてみる。 ビクつかれはしたが、振り払われることはなかった。 「一応は、信用する……怪我は君に言う」 『ほ、んと、うそ、ちがう』 「嘘じゃない。君の干渉がなければ、僕は生きられない。そう判断した」 うん。めっちゃ突き放してくるけど、これはつまり私の事を敵だって見ないと自分から言ったってことだ。 つまり、懐いた。ちょっとだけど!! 私は触手を動かして小躍りだ。やったやった! 頑張ってたかいがあったぞ! 『う、れし』 思ったことを伝えると、彼は物凄く嫌そうな顔をした。酷い。 それから彼は私に対してこれが欲しいあれが欲しいと注文を付けるようになった。 最初は携帯。ニャルに頼んで持ってきてもらったが、どうやら圏外のようで繋がらなかったらしい。 次は服。確かに何日も彼は同じ格好だった。私が服を渡していなかったためだ。怪我を本格的に治療した際に着せただけで、その後は渡していなかった。折角ニャルからもらった日常品の中にあったのに。 服も一緒に渡して、次は身体を拭くものが欲しいと言われた。怪我を治すにも清潔にしなければならない。確かにその通りだ。しかし拭くものと言われても対処がしづらかったので、内部の形をうごうごと変えて試行錯誤の末に桶のようなものを作り上げた。と言っても一部を膨張させて、真ん中をへこませただけだが。 そこにペットボトルに入っていた水を入れて、タオルを渡して出来上がりだ。どやっ。 「一体この部屋はどうなってるんだ」 『な、か』 「中?」 『か、らだ、なか』 部屋が蠢くというのを肌身で感じた彼が独り言を言っていたのでそう返すと、彼は黙りこくってしまった。 だ、大丈夫だから。消化とかしないから。ね? それから、一応の信頼を得られたところで、ずっと気になっていたことを聞いてみた。 『な、まえ』 「名前?」 『な、に』 そう。彼の名前だ。ずっと彼と呼んできたが、そろそろ名前で呼びたいのだ。 そう思って聞いてみると、彼は顔を少し伏せた後に呟いた。 「スカーフェイス」 『すかー……』 「僕の事はそう呼んでくれ」 あ、これ偽名だな。言い方でそう察知したが、本名を教えてほしいと言ったわけでもないし、これでいい。 彼を指す名が欲しかっただけだし。唯一悪いところは名が長い事か。呼ぶたびに頭を痛めてもらってても困るし。名前を呼ぶ機会は少なそうだ。 でも、折角なので。 『すかーふぇいす』 「なんだ」 『よん、だ、だけ』 「……」 スカーフェイスは複雑そうな顔をして押し黙った。なんだよ。普通に嫌な顔されるよりも傷つくんだけど。 にしても、スカーフェイスってどこかで聞いたことあるな。 スカーフェイス。顔の傷。 彼は顔に傷がある。でもそれは古傷で、今回の怪我とは関係ない。 それで治療した時に見たのだが、身体には首元から足先まで赤い入れ墨がある。 そして、スカーフェイス。 スカーフェイス、スカーフェイス……スターフェイズ。 ――スティーブン・A・スターフェイズ。 普通の人間の時に読んだ、血界戦線という漫画の中のキャラクター。 スカーフェイスと名乗る彼は、その人物そのままだった。 あっ、トリップだったんですねこれ。 前 次 |