『■■□■■』
- ナノ -



? 意思のない生物が演奏する太鼓と


「あれ、蝶々が――」

ライブラのリーダーに幼女暴行疑惑が降りかかっていた所で、レオは目の前を通った蝶にそう呟いた。
ライブラで蝶を見るのは初めてのことだ。暑い夏場で蚊や春先で植物を育てることが趣味のクラウスの鉢植えに虫がついていることは時折あるが、蝶々が侵入していたことは初めてだ。
黒い羽にちょうど真ん中に目のような模様が描かれている。
そして、その声に反応したのは話題の中心にいた少女とライブラの副官だった。

「なっ」
「ちょうちょ!」

喜びの声を上げてレオの方へ目を向けた少女。その少女の声に反応したわけではないだろうが、蝶はふわりふわりと少女の方へ近づいていく。
動揺したのはスティーブンで、その見開いた目がただ事ではないと示していた。

「スティーブンさん? どうし――」
「その蝶から離れろ!!」

叫んだスティーブンにライブラのメンバーの身体が一気に戦闘態勢へ移る。
それ程に尖った言葉に、しかし反応しない幼女が一人。
なんだろう。と首を傾げながらも、蝶の方へと一歩進んだ足はそのままで、蝶はわれ関せずと幼女の方へと近づいていく。
それに焦ったのはレオだ。そして、無意識のうちに少女の方へと駆けだしていた。
しかしそれと同時に駆けだした人間がいた。素早さも足の長さも勝っているその人物はレオよりも先に、易々と少女を捕まえてしまう。
後ろからその肩を捕まえて、振り向いた所で片膝をついて抱きしめた。

「みんな離れろ! それは生物兵器で、羽化して十数秒後に爆発を――」
「すかーふぇいす?」

スティーブンの言葉は途中で途切れた。
胸にすっぽりと収まった少女の舌足らずな声を聞いたことで、まるで糸が切れたように。
丸い目で、驚いた様にスティーブンを見上げる少女の見た目は、所々でスティーブンに似ている。
癖毛の長い黒髪や、灰色に少し赤を付け足したような瞳の色合い。しかし、スティーブンは知っていた。その瞳の色合いが“以前の自分と少し違う”ことを。きっかけは明白、そして衝撃的だった。あの空間から無事生還した後にその変化に気づき何か異変がないかと慌てて魔術系の医療所へ駆けこんだ覚えがあった。しかし結果はただの正常な瞳。しっかりと自分の目玉としてそこに収まっている。一見しただけでは変化など気づかない。あるいはただの勘違いだと判断されそうなほどの違い。それでも、スティーブンはぞっとしたのだ。
そして、スティーブンは再びその壮絶な寒気を感じた。

舌足らずな言葉遣い、スティーブンを知っている、クラウスに真っ二つにされた。そして、すかーふぇいすと呼んだ。

「お前は」

スティーブンの頭に一つの信じられない結論が瞬く。
しかしそれと同時に蝶の腹が赤く輝く、それは今回の生物兵器の事が乗っていた資料にも書かれていた、爆発する直前の変化だ。
つまり、スティーブンの結論がその口から吐きだされる前に全ては光に覆われる。

少女がニコリと笑う。
背後ではレオがザップに首根っこを掴まれ、ギルベルトが扉を開け応接間から消えた。
チェインは存在希釈を初め、クラウスはスティーブンと彼が抱きしめている少女を蝶から引き剥がす為に座っているスティーブンへと手を伸ばす。

スティーブンは、微笑んだ少女を見ていた。
その頭にあったのは“あれ”も喜んでいた時、こんな風に笑っていたのかという疑問だった。

クラウスの手がスティーブンに届く直前、蝶からの光で室内が覆われる。
クラウスが光に目を潰される直前に見たのは、スティーブンの腕の中から、大量の“何か”が伸びる光景であり、その手が触れたのは人間の物ではない“何か”だった。