『■■□■■』
- ナノ -



? 闇の中で話を聞いてくれる生物はいない


「レオナルド君!」
「クラウスさんっ、あの、女の子を保護したんですけどっ、っていうか、これっ、一体どうなってるんですか!?」
「わぁってたらこんな事になってねぇだろうが陰毛頭!」

レオが幼女を背負い安全な場所へと避難をする中で、ライブラメンバーのクラウスとザップが爆発の対処に当たっている所へ遭遇した。ビルは倒壊し、車は吹っ飛び、地面は割れる阿鼻叫喚の事態に人助けや爆発の原因を突き止めようと尽力していた二人は、レオの登場に驚きながらも事態の解明が進んでいないことを告げる。
至る所から人々が何百人と犠牲になるレベルの爆発が発生する中で、幼女はひょこりとレオの背から顔を出した。

「む、そうか。保護した少女がいるのだったか。ならば、一旦戻ったほうが良いかもしれない」
「そーっすよぉ。これ、俺らが対処しても意味がない部類っすよ」

爆発によって振ってきた巨大な瓦礫をクラウスとザップが会話さえ交わしながら半分に砕けさせ、被害を減少させる。それを見てレオはいつもながらに凄まじい力だと口をぽかんと開けながら空を見た。
そんな三人を見ながら、レオの背に乗った幼女はポツリと言った。

「……まっぷたつ」

その少女の声だけに気付いたレオが、振り返りながら笑みを浮かべる。
そこにはもう大丈夫だという自信があった。それを見て、少女は目を瞬かせる。

「安全な所へ行こうな。あの人たちも、ちょっと怖いけど悪い人たちじゃないから」
「……ぅん」

兄のような雰囲気を放つレオに、少女は嬉しそうに頷いた。
それから一旦アジトへ、との事で時折起こる爆発や振ってくる瓦礫を捌き、住民を助けつつ四人はアジトへとたどり着いた。魔導的な扉を潜り中へと入る様子を、少女は興味津々と言った様子で見つめている。
そんな少女をレオとクラウスは微笑ましく、ザップは何故か寒気が感じるのか肌を擦りながら眺めていた。レオが話を聞くと、少女はある人物を探しているらしい。その為に街を歩いていたら爆発に巻き込まれレオと共に宙を舞っていたのだそうだ。両親の話を聞くと、すんなりと「いない」と返ってきて、三人はぎょっとなった。HLでは珍しい事ではないが、何でもないような顔をされて幼い少女に言われてしまえば、衝撃を受けないでいるというのは三人には出来ないことだ。クラウスに対しても怖がらずに舌足らずに問いに関して言葉を返す少女は懸命で、レオにどうにか少女を元いた場所に帰してやろうと思わせるには十分だった。


「クラウス、今街を騒がせてる爆発の原因が判明したぞ……って、なんだい。それ」

アジトへの扉をクラウスが開けた瞬間、振ってきた声はレオもよく聞く声――ライブラの副官的存在であるスティーブンだ。
実は彼はつい最近まで悍ましい神を信仰する宗教団体の神性存在召喚事件の中で行方不明になっていた。その事件自体、かなり手間取った案件であり、ライブラメンバーも大なり小なりの怪我を負う事件となった。しかしどうにかその召喚を中止させ、団体を壊滅させることに成功したのだが、その中でスティーブンは多くの怪我を負い、魔方陣の中で姿を消していたのだ。ライブラメンバーの尽力の結果もあり一か月後に五体満足で無事に皆の前へ帰ってきたものの、事件後幾日も経っておらず本調子ではないはずだが、そんなことを全く周囲に思わせない振る舞いで、通常通りに仕事をこなしていた。

ただ、レオは不思議に思っていた。若干ではあるがスティーブンの目の色が変わっていたのだ。神々の義眼を使えば直ぐに判明するが、裸眼ではしっかり見なければ分からないその僅かな相違点。ただ、事件の際に目を潰されていたという報告を聞いていたので、HLの治療によって目は治ったものの少し色を変えてしまっただけなのかとレオは思っていた。
そんなスティーブンは資料を手に持ちながらクラウスを見、その後に背後にいたレオの背負っているものを見た。
レオの背からは黒髪で少し跳ねた髪がひょっこりと現れている。

「あ!」

幼い声がライブラの応接間へと響く。
その場にいたスティーブン、控えていたギルベルト、そしてやってきたばかりのクラウスとザップ、レオはその声に注目する。ひょっこりと出ていた頭が、完全に現れる。
そこにはやはり、その少女がいた。
少女は、灰色に少し赤を足したような瞳をキラキラと輝かせ、じっと何かを凝視していた。
そして、レオはその視線を辿り――何を見ていたのかにたどり着く。

「……スティーブンさん?」
「みつけた!」

少女がレオの背でバタバタと暴れる。それに驚きつつ何がしたいのかをレオは汲み取った。離してほしいのだ。
それに抵抗する意図もなかったので、そのまま腰を下ろして少女を床に降ろす。少女は、口足らずに感謝の言葉をレオに告げて、そのままパタパタと駆けだした。

「みつけた、みつけた! やっと、あぇた!」
「――僕の事、かい?」

いつもの口調であるというのに、明らかに表情を引き攣らせ冷や汗を浮かべるスティーブンが、分かり切っている答えを少女に尋ね、それに少女は嬉しそうに頬を上気させ、勢いよく頷いた。

――そういえば。
そういえば、その少女は黒髪である。腰まで伸ばしてある長い黒髪で、しかしストレートではない。少々癖があり、そういえば誰かに似ている。
そういえば、その少女の瞳は灰色に赤を少し足したような色合いである。その色は、スティーブンの瞳の色に酷似していた。というか、そのままだ。
そうして、そんな少女は「見つけた」と嬉々とした表情でスティーブンの元へ駆けだした。

「スティーブン……」
「スティーブンさん……」
「スカーフェイスさん……」
「スターフェイズさん……」
「なっ、なんでそんな目で僕を見る!?」
「やっとあぇたー」

ザップにしか向けられることがなかったはずの白い目が、一斉にスティーブンの元へ集まった。
レオは悲しんでいた。ライブラの頼れる副官的存在だった彼は、確かにモテるであろう外見をしている。しかし分別のつく大人だからこそ、そういうことに関しては間違いを起こしてはいないものとばかり考えていた。しかし、今こうしてライブラメンバーで見ている光景こそが真実。
激しく動揺するスティーブンを他所に、喜びを全身で表している少女は両手を広げながらスティーブンの足元をくるくると犬のように回っている。まるでずっと探していた飼い主にようやく出会えたかのような無邪気さだ。それに、レオの目元に自然、涙が浮かぶ。

「ちょ、ちょっと待て! 僕はこんな子知らないぞ!」
「この期に及んでいい訳っすか。さすがに無理っすよスカーフェイスさん」
「お前が言うな!」

今にも足元から氷を出現させそうな勢い――というか、ザップならば直ぐにでも軽口が叩けないように凍らせていたであろうスティーブンの怒りようであったが、スティーブンにはそれが出来なかった。何故なら、足元には少女がふわふわとした服を跳ねさせながら嬉しそうに回っているのだ。スティーブンの前や横をぴょんぴょんと飛び跳ねながら、無垢な笑みを振り撒いている。

「スティーブン」
「く、クラウス……」

ライブラのリーダーであり、スティーブンと共に戦場を駆けてきたクラウスがおもむろにスティーブンへと近づく。
その顔はいつも通りの強面であり、目は恐ろしい程に鋭い。そんな通常通りのクラウスを見て、スティーブンを思わずどもる。室内がしん、と静まり、空気の変化に気づいたのか少女も駆け回るのをやめてスティーブンとクラウスの真ん中で二人を見上げた。

「親がいないということは悲しいことだ。そして、子を認められないということも、同じく悲しいことだ。きっと君の事だ。特別な事情があったのは分かる。だが、どんな事情があったとしても、私は君に後悔する道を進んでほしくはないのだ……!」
「だからこの子は僕の子じゃないって言ってるだろ!?」

信頼するリーダーからの言葉に、スティーブンは既に半泣きであった。
声を荒げたスティーブンに、クラウスも「事実を否定するだけでは意味がないのだ!」などと言い返し、事態は収束という言葉を忘れたように進んでいく。
因みに少女は首を傾げながら、自分を無視して進み始めた事柄にスティーブンやクラウスのズボンを引っ張ってアピールしてみせていたりしているが、それどころではないスティーブンとクラウスは気づいていない。

「ちょ、二人とも、女の子が困って――って、チェインさん」

スティーブンとクラウスの二人が言い合いのような状態に突入しかけたその時、窓から現れたスーツの女性にレオが反応し、声をかけた。窓から現れること自体は珍しくない。今回もきっと情報収集をしてから現れたのであろうことが分かる。
だが、明らかにチェインの様子が可笑しかった。
わなわなと震えており、その視線はスティーブンと、その足元にいる子供へ注がれている。

「す、スティーブンさんが、子持ち……」

そう呟いて、チェインはくらりとその場に倒れ伏した。

「ち、チェインさんんんんんんん!」

因みにクラウスとスティーブンは未だ言い合いを続けている。倒れたチェインに困惑する子供。
場は、混沌(カオス)となっていた。