『■■□■■』
- ナノ -



? “真っ暗な闇の中で楽しいことはないかと暇をしている


レオナルド・ウィッチは宙に舞っていた。
比喩や間違いなどではない。ヘルサレムズ・ロットでは日常茶飯事の爆発に巻き込まれ、スクーターごと宙へ高く放り出されたのだ。
レオは思った。俺、死んだかもしれない、と。
今までも何度も宙を舞ったことはあった。これも比喩や間違いなどではない。本当に上空から放り出されたことが何度もあるのだ。だがレオは生き残った。ならば今回も生き残れるだろう、と思うのは楽観的すぎる。以前の時は仲間が近くにいたのだ。一般人でない、強い力や能力を持った頼れる仲間が。
しかし今は誰も周囲にいない。このままレオは地面へ頭から激突し死んでしまうだろう。
そこまで考えて、レオはゴーグルの下で涙を浮かべた。
ミシェーラの為にヘルサレムズ・ロットまでやってきた。しかし自分は何もできないまま死んでしまうのかと。やはり自分はそれまでの人間だったのだ。このまま地面へ衝突して、原型も留めずに。そうなれば誰が自分をレオだと分かってくれるであろうか。顔が潰れてしまえば、知人では分からないだろうし。仲間だって服まで血で真っ赤に染まってしまえば服装で判断することもできないかもしれない。
レオはそこまで考えて、涙がこぼれそうだった。勿論急降下しているので涙はゴーグルの中で空へと向かって動いていく。

レオは歪む視界の中、一人の少女を見た。
いや、恐らく年齢は六歳ほどで、とても幼い女の子だ。
少し癖のある黒髪を腰より長く伸ばし、レオと同じく空から急降下しているので髪が盛大にはためいている。
レオに背を向けていた幼女は白黒のゴスロリ調の服を着ていた。幼い身体に通常時ならふわりと着せられているそれはきっと少女にとても似合っているのだろう。
背の腰辺りにある大きな白いリボンが揺れている。
背中は黒髪に覆われていた。だが、覆われているのに、黒髪の隙間から肌色のものが見えた気がした。もしかして背中を見せるような服装なのだろうかと思い、しかし構造的にそうではないのではと疑問が落ちる。
とりとめも無いことだ。しかし、レオはその幼女へと手を伸ばした。
自分がどうにか出来るわけではない。一緒に地面へ激突してこの子も命を落としてしまうかもしれない。でも、目の前で消えそうな命の前に何もしないなどと言うことはレオには決してできなかった。
走馬燈さえ流れそうな霧けぶるヘルサレムズ・ロットの逆さの景色の中、レオは風力で遮られながらも必死で女の子へと手を伸ばす。
あと少し、あと一歩――しかし届かない。

(くそ……!)

あと少しなのに。あと、あと――!
レオは、いつも重く閉じている瞼に力を込めた。有事の時しか使わないと決めている己の眼。だが、今使わずに、いつ使うのか――!!

「だめ」

瞼をこじ開けようとした瞬間、はっきりと声が聞こえた。
幼い、拙い言葉だった。だがしかし、それはきっぱりと制止を伝えてきていた。
レオが、目を開けずにその声の方向を見る。そこには、やはり女の子がいた。ゆっくりと振り返ったその子供は、ぱっちりと大きな灰色と少しの赤が混ざったような綺麗な瞳をぱっちりと開いた。誰かに似ている――そう感じたレオに言った。

「つかう、だめ」

それは一体何のことを言っていたのか。
問おうと口を開いた瞬間――少女の背後から人間の頭ほどの瓦礫が降ってきていた。

「あぶな――!」

咄嗟に出た言葉だったが、既に手遅れだった。
瓦礫が背中に衝突した彼女は、大きな目を更に見開き、そうしてレオの方へ仰け反った。
伸ばしていた手が届く――だが、手遅れなのだ。
レオの目から溜まっていた涙が零れる、少女を抱きしめながら、レオは衝動に突き動かされその眼を開いた。

――そこには、無数の何かが空中へ向かって伸びていた。まるで、植物が太陽へ向かって枝をのばす様に。




レオが失っていた意識を取り戻した時、瓦礫の中に転がっていた。
少女を受け止めた後、何かを見て――そして気絶したらしい。宙を落ちる恐怖の為か、それとも己にも何か瓦礫が当たったのか。そこまで考えて、ハッと自分の腕の中にある物体を見る。レオは女の子を抱きしめていたはずだった。しかし――手が届いた時にはもう――。
レオは青ざめながらそこを見て――そこに人間の姿を保ちながら、血を一滴も出さずにレオに抱き着いている幼女を見た。

「……いき、てる?」

幼女の目は閉じられている。だが、確かに傷は出来ていない。レオは全身が鈍く痛む気がしたし、ゴーグルとヘルメットを着けていない顔の部分は瓦礫の破片に当たったのか、じくじくと痛みを感じる。
だが、幼女の顔は白く艶やかで、傷一つなかった。背中には黒髪が垂れているが、隙間に見える部分からは服装の白黒の色が見えるだけで赤い色など一つもない。そして、肌色も。

「き、君! 大丈夫かい!?」

しかし目を閉じている幼女に、全く傷がないとは言い切れない。もしかしたら見えないところに傷を負っている可能性だってある。レオは彼女の両肩を掴んで自分から引き剥がした。
その衝撃に幼女の頭がかくんと揺れる。そして、それを引き金に彼女は薄らと目を開けた。

「……けが」
「怪我? どこか痛むの!?」

ぽけ、とした表情で呟いた少女の言葉に動揺したレオ。その姿を見て、彼女は目をぱっちりと開けた。そうして少しの間慌てるレオを眺めた後に、ふわんと微笑んで「だいじょうぶ」と伝えた。
それに、レオは安堵の溜息をつく。少女は全くもって穏やかな表情をしていて、身体に異常を感じている様子ではない。ならば、見えない怪我もないのだろう。それが分かっただけで、レオはどっと安堵した。

――ドォン!!

そして、近場で聞こえた爆発音に思わず幼女を抱きしめる。
何も言わずに抱きしめられた少女。レオは爆音に慄きながら、改めて少女を見た。

「逃げよう。ここにいたら危ない」
「……うん。わかった」

少女は何か考えるような素振りを見せるが、直ぐに頷いた。
レオはその無垢な姿に勇気を与えられ、少女に背を向けて膝をついた。それをされた少女は小首を傾げながらその姿を眺めている。数秒経って待てなくなったレオが「乗って!」と口に出した。

「いぃの?」
「当たり前だよ。ほら、はやく」
「うん」

急かすレオの言葉に、明らかに喜色を滲ませた少女が慣れない手つきでレオの背に乗る。
幼い頃に妹を背負うこともあり慣れていたレオは、ずり落ちそうになる幼女をきちんとした定位置に移動させ、そのまま歩き出す。出来るだけ、爆音から遠い場所へ。出来るだけ安全な場所へ。女の子が怪我をしない所へ。