『■■□■■』
- ナノ -



? 果しなき魔王


しかし、彼をどうやって帰そうか。
それが問題だ。ほぼ一ヶ月ほど中にいたスカーフェイスだが、怪我も歩けるぐらいにはなってるし、目も治った。それにこれ以上密閉空間にいるのも辛かろう。

『すかーふぇいす』
「なんだい」
『そと、だす、ほぅほ、みつけ、る』
「!」

彼は驚きに背を正していた。それから神妙な顔をし、私に問いかけてきた。

「いいのか、君は」

うん? いいのかって、何か悪い事でもあるのだろうか。
そりゃあ話し相手がいなくなるのは悲しいし、もう人間に会えなくなるのかと思うと泣きたくなるが、でも彼は返さなければならない。そうじゃないと私の大好きな世界が回らなくなるし、スカーフェイスが可哀想だ。

『い、い。まって、て、しんぼう、すこし』
「……分かった」

頷いた彼に、思わず触手を頭に乗っけて左右に揺らす。
つまり頭を撫でたわけだが、やった後に直ぐに正気に戻った。
ヤバい、本格的に彼をペットとして見始めている気がする。早めに、私の為にも早めに彼を元の場所に帰さなければ!

その場から直ぐに視点を変えて、早速ニャルにご相談。

ニャルーニャルニャルー。
お。来た。いつも早いね。それでさ、聞きたいことあるんだけど。
うん? 何? 客? 何それ、そんなの初めて――

ニャルと話していると爆音が響いた。
驚きに唖然としていれば、闇に包まれていた空間に白い罅(ひび)が入っているではないか。
そして再びの轟音。その罅は一気に広がり――そして砕け散った。

驚きのままその砕けた空間を見る。そこには白い外の空間と――一人の男がいた。
灰色のローブを着ている。全身を覆うようなそれは、顔の半分までも隠しているが、口元から見える下顎からの犬歯。そして突き出している左の拳。そうして付けられている十字架のナックル。

――クラウス・V・ラインヘルツ!

「私の仲間を返していただきたい」

ってなんで話せるんだこいつ。ここ空気無いと思ってたんだけど。
しかしよくよく見てみれば、彼の羽織っているローブには黒い線で大量の魔方陣のようなものが書かれていた。なるほど、それのお蔭か。
そして目を覆っているから私を見ていない――つまりこの姿を見て頭が可笑しくならないと。

しかし、返していただきたいって、そのまま返しちゃっていいのかな。
だって空気あるか未だに分からない空間に、生身ではいどうぞってやっちゃったらスカーフェイス死んじゃうんじゃないか?

一人自問自答していると、彼の拳がぐっと奥へ引き絞られた。
えっ、えっ? お、おいおい。もしかして。

「返さないのならば、取り戻すまで――」

ちょ、ちょちょちょっと! 待って! 待ってってば!
今あなたのローブ参考にスカーフェイス分の作るから! 待ってってば!!
咄嗟に声なんて出ない。出ても脳髄をシャッフルあれだけだ。そんなことをしてクラウスの頭を破壊なんてしたら一生後悔する。
でもこのまま戦闘に持ち込んでしまって触手で対抗していたら、いつしかローブが落ちるかもしれないし、誤って私の泡(あぶく)がクラウスにでもかかったら、溶けてしまう可能性だってある。

ああ、もう!!

駆けだしてくるクラウスを見ながら、私は必死でイメージした。
ローブ。あのローブだ。この空間にあって息も出来て発狂もしない。魔術の品。

――守ってくれる。
――人間を狂気からと死から。
――魔法のローブ。

バサリと中から音がして、それがスカーフェイスの上に被ったのが見えた。
よし、これで――!


「111式 十字型殲滅槍(クロイツヴェルニクトランツェ)」

身体に巨大な十字架が突き刺さる。
まるで刃物のように身体を引き裂いたそれは、一軒家大だった私の身体を易々と真っ二つにした。
そうして中に作っていた空間も露わになる。

「スティーブン!」
「クラウス!?」

邂逅を果たした二人は、瞼を閉じたまま互いの名を呼び合った。