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▼ 聖人? あの欲の塊がか?

現パロ

私の義理の兄はとてもかっこいい人である。もうそれはそれはかっこよくて大学中に喧伝したいレベルであるが、寧ろ兄の魅力に男女問わず惚れる人が続出して私にとって全く面白くない事態にまで発展しそうなのでそれが出来ないレベルでカッコいい人である。そう、兄の良さは私だけが知っていればいいのだ。

赤の他人だった兄が私の兄となったのは私が10歳の頃。年の差再婚をした母(相手の人は母より十歳も年上だった)についていた私。新しく父となった人に連れてこられた18歳の少し顔が怖い青年。それが私が兄であり、惇兄と始めて出会った瞬間だった。
最初は怖がっていたのだが、惇兄はその少しだけ怖い見かけによらず私をとても構ってくれた。共働きで忙しい二人に変わってさみしがる私の側にずっといてくれたし、自分だって大学が忙しかっただろうに早く帰ってきてくれて、オモチャなんかも買ってきてくれたりした。惇兄の友達だと言う曹操さんも押し掛けたりしてきて、寂しさがだんだんと埋まっていく気がした。元々の父の顔を覚えていないぐらい前に父がいなくなっていたので、そういう意味でもいつのまにか出来ていた私の心の隙間も惇兄は埋めてくれていたのだ。

そんな兄を好きにならないはずがなく、私はいつのまにか惇兄が大好きになっていた。惇兄の曹操さん好きをモーオタというのなら、私はトンオタである。それさえも誇らしいと思うのだから相当だ。曹操さんにも、お主はのんきだな、と言われてしまう始末だ。しかしのんきとは何に対してののんきということだろう。

今では私も18歳で大学生となり、惇兄はとっくに社会人だ。それでも一人暮らしをしている私のことを気にかけて電話してくれたりするのだから思わずにやけてしまうほど嬉しい。

惇兄は優しくて妹の私を大事にしてくれてはいるのだが、真面目な性格と仕事が出来るので、遅くまで仕事をしているらしいとの曹操さん情報だ。
それで疲労困憊になるらしいからとても心配である。仕事にたいしても自分にたいしてもストイックな惇兄は、周囲のことは気にすることが出来るくせに自分のことになるととんと無頓着だ。そもそも欲がないし、だからなにか欲しがったりしないし、人に求めたりしない。私の兄は聖人君子か! 突っ込みたいが、否定できないところが恐ろしい。
誕生日のプレゼントもとても困った思い出がある。何をあげれば喜ぶかが全く分からないし、本人に聞けばなんでもいいとおっしゃる。確かに8歳下の妹からの品に期待はしないだろう。
それでも、俺にとってはお前からもらえるからなんでも嬉しいとか言われちゃったら頑張るしかないじゃないですか。 あーホント私の兄さん聖人君子!
それを前いつの間にか会社経営をして大会社に成長させていたらしい曹操さんに言ってみたら、聖人? あの欲の塊がか? とじっと見つめられて言われたので釈然としない。曹操さんもなんだかんだ言って強面なのだからあまりそんな目でこちらを見ないでほしい。


「ってわけで、今年の誕生日はなんでも好きなモノを上げるから、言ってみて!」
「人のアパートに押し掛けておいてそれか……」

惇兄からの呆れた視線を受け取りながらも、めげずに眼で欲しいものは何かと訴え続ける。
私は本当に常日頃から伝えきれないほどに惇兄に感謝しているのだ。兄としても自慢できるし、人としても尊敬している。そんな人に、しかも昔と違って成長したからかどうにも自分の選んだものをあげるというのが申し訳なく思えてしまう。
だからこそ、恥を忍んで惇兄が社会人となってから借りたアパートに突撃しているのだ。ここで呆れた風な惇兄の視線にめげて帰ってしまっては意味がない!

それでもガリガリと私の精神力が削られていくのは目に見えていて、半眼の兄を見ているだけでもどんどん目が伏せっていくのが分かる。くそ、めげるな生江、ここでめげたら例年通りになってしまう。
どうにか目を伏せながらも惇兄を見ていれば、はぁ、とため息をつかれ、頭を撫でられた。

「と、惇兄」
「分かった分かった。明日までに決めておく」
「ほ、ほんと!?」
「ああ。だが、とんでもないものを要求されても知らんぞ?」
「うんっ、大丈夫! 頑張って用意する!」
「……そうか」

笑いはしなかったものの、少しだけ目元が緩んだことから兄の機嫌がよくなったことが分かる。
伊達に何年も兄弟をしていない。真剣な顔や無表情、怒った顔がデフォの兄だが、機嫌の良しあしや嬉々としているときは分かるつもりだ。
それに私の顔も綻ぶ。やっと大好きな兄の為に、兄が欲しいものを用意できる!!
とんでもないもの、であった場合が少し怖いが、それでも出来るだけ努力して用意しようと考えていた。曹操さんの力を借りることもやぶさかではない。

とりあえず惇兄にもう寝ろと言われてしまって、時間も兄の会社からの帰宅時間を狙っていたので遅い時間だったため、今日のところは惇兄のアパートに泊まらせてもらえることになった。服や下着など、必要なものがないし、迷惑だからどこかに泊まると言ったが、そのまま遅くまで開いているショップで一式をそろえさせられてしまった。そして兄に払ってもらって申し訳ない気持ちでいっぱいだった。しかし、寧ろそこまでしてくれたら断れない。しぶしぶ承諾したが、兄はずっと機嫌がいい状態が続いていた。

寝るための場所は、ベッドを譲ってもらって惇兄はソファで寝ることもなってしまった。
流石にソファで寝ると言い張ったのだが、遠慮するなと言われてしまった。遠慮してるのは惇兄だと思う。いくら私が女だからってそんな態度取らなくていいのに。私が泊まるのだって迷惑だろうに、人が良過ぎるのだ。だから友達にだって紹介したくなくなるんだよほんと聖人君子!



瞼の上がぱっと明るくなる。結局、あのままベッドで寝てしまったらしい。
意識がひっぱりあげられて、瞼を押し上げた。

「……うぅん」

重たい瞼とけだるい身体に身をよじる。耳にちゃり、と金属っぽい音が聞こえてきた。
なんだろう、とぼやける目を擦る。

「ようやく起きたか」
「あれ、惇兄……?」

低い声が寝起きの耳に心地よく響く。
それに、どうにか誰かを当てて目の焦点を合わせる。
って、やばい。寝起きだからすごい顔してるよ。
幼い頃はよく寝坊して惇兄に起こされていたので、寝顔なんて兄にとっては見慣れたものかもしれないが、私にとっては大好きな兄に寝顔なんて見られていい気はしない。慌てて上半身を起き上がらせる。
そうすると、なぜかじゃりじゃり、と重い音がして、首元に何か重みを感じた。
驚いて首に手をやれば、何かが首に絡まっている。ひも状の何かだ。

「なにこれ……」

回らない頭で首のそれを取ろうと引っ張ってみたり回してみたりするが、どうにも首から離れない。
ぐるぐると回していたら、それから伸びる何かに手が触れた。
じゃらじゃらじゃら、ずっと音を立ててたものの正体だった。

「……くさり?」

ホームセンターとかで見る鎖がそこには繋げられていた。
具体的にいうのなら、私の首元についているひも状の何かから。
鎖を辿っていくと、ベットの縁に絡みついていて、しかもご丁寧に錠で取れないようにされていた。
あまりのことに頭がパンクする。なんだこれ、こんなの、犬の首輪じゃない。

視界の端に、私服の惇兄が映る。

「と、惇兄! なんか、首輪みたいなのがついてる!」
「そうだな」

ばっと惇兄の方を見る。もう寝顔とか気にしてられない。
しかし、惇兄は動揺一つ見せないいつもの様子で肯定の言葉を返した。
その言葉に対しての違和感さえも抱けずに、混乱した頭のまま、言葉を発した。

「自分じゃ取れないから、取って!!」

惇兄は、じっとこっちを見て、そうして首を傾げた。
えっなにそれ可愛い。じゃなくて、いつもはしない珍しい仕草をして、兄は言った。

「どうしてだ。似合ってるじゃないか」
「――――え」

目元が緩んでいる惇兄は、本当にそう思っているらしく、冗談と欠片も思わせない口調でそう言い切った。
しかも、そう言い終わってから、少しだけ口元に笑みを浮かべた。
滅多なことでは笑わない兄が、私の首にかけられている首輪を見て笑った。こんな時でもカッコいい。
急に体の体温が奪われたような感覚がする。

「と、惇兄。で、でも」
「昨日、お前にプレゼントを決めておくと言ったろう」

そういわれて、昨日の記憶が蘇る。確かに言われた。決めておくと。
何か壮絶に嫌な予感がする。

「ずっと、欲しかったものがあった。ずっと自分の傍に置いて、俺以外の者の目に触れないところに置いておきたいものがあった。だが、嫌いにはなってほしくはなかった。孟徳からも口に出すたびに止めろ、嫌われるぞと言われてな。だが、お前がなんでもいいと、とんでもないものでもいいと言った、なら――」

確かに言った。そして気持ちも本当だった。
なんでも用意するつもりだったし、私一人では無理だったら曹操さんに頼っても用意しようと思っていた。
でも、それは常識の範囲内だと思っていたからだし、惇兄はあまり欲がないから、私でもがんばれば用意できるものだろうと思っていた。
惇兄が私の首の紐から繋がっている鎖を手に取って、くいっと自分の方へ引っ張った。
自然に私も首を引っ張られ、惇兄の方へ近づいた。
近距離に、惇兄の顔があった。その顔は、誰が見ても嬉しそうに微笑んでいた。

「――これぐらいの欲があったって、いいよな?」
「(ひ、ひ、ひぃいいいいい!)」


遠のく意識の中、曹操さんの言っていた言葉が頭に響いた。

(聖人? あの欲の塊がか?)




*******************

銀色さんリクエストありがとうございました!
お待たせしてしまったようで申し訳ありません(;´Д`)
どういうシチュエーションにしようかなぁと思い浮かべたら、なぜか妹に。
曹操さんはちゃんと忠告をしてくれていました。でも気づかない。
ヤンデレ美味しいですもぐもぐ。
読んでいただきありがとうございました!

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